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Re: 【色々】歪んだ傷跡にさよならを贈る【短編】 ( No.346 )
日時: 2011/06/13 19:39
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)


「お前は、眼前の出来事を記録していく者だろう?」

 黒髪の少女は冷酷に言い放ち、口元を歪めた。本来ならば笑いという形で受け取ることの出来るそれは、今は何の意味も持たない。傷ついたような、苦しいような笑顔だけしか彼女には出来ないのだ。

「……ユウ、頼むから、」

 ——その剣を、放して。
 オレンジ色の眼帯の青年は呟いた。緑の視線は、黒髪の少女が手にする武器へと注がれている。少女は青年の話を聞いているのかいないのか、切なげに眉を潜めて微笑むだけである。

「嫌だ、っつったら?」
「俺……俺が今から、そっち行くさ」
「お前が来るなら私はこの六幻で首を掻っ切ってやるよ」

 破壊された教団の天井を仰げば、そこには夜の雨空が広がっている。
 えぐれたコンクリートとぼきりと折れた鉄骨——この惨状は全て少女が行ったことだ。少女が片手に持つイノセンス、そして少女の力ならばこんな建物など木っ端微塵だろう。それでも、ぎりぎりのラインで壊さずに置いているのは彼女の少しの情けや、過去への甘えか。

「……ユウが死ぬのは、嫌だ」
「じゃあ近づくな」
「それも嫌、さー」

 苦々しく笑う青年は頼りない言葉を吐いた。普段の彼の態度と今の彼が、たいした差が無いのが少し嬉しいのか。少女の表情にも少し灯りがともる。
 だが、2人を打ち付ける雨は容赦ない現実を降らせる。

「ここまでやったんだ……いくらリナリーやモヤシでも、こんな私のことを許してくれねぇよ」
「あー、リナリーは怒る……っていうか、きっと泣くさね。アレンの方は、うーん……怒りながら心配してるさぁ」
「……そうか」

 淡々と会話を続ける間にも、青年は少女との距離をつめようと少しずつ歩みを進めている。少女は濡れた双眸をこちらに向けているが、視線はどこか虚空を彷徨っている。白昼夢に溺れているかのようだ。

「…………なぁ、ラビ」
「何さ?」
「私は、お前がブックマンだってことに、納得出来ない」
「…………」

 少女の言葉は、青年の表情を強張らせるには十分だった。
 青年の眼帯は今、驚いた右目を隠しているのだろう。ザァザァと降り続ける雨は、少女の着ている薄いシャツを肌にまとわり付かせる。少女は寒いとも冷たいとも言わない。

「それでも。……それでも、お前が平気な顔をして私を見つめるのなら」

 なら、と少女は片手を上げた。
 その白魚のような指が握り締めているのは——彼女の愛刀、六幻の柄。
 青年の表情が、今までの落ち着きが嘘のように焦燥に染まる。

「ちょ、ユウ…………駄目さ、死ぬのは駄目さ! ユウ!」
「……っは、はは」

 青年の大きく見開かれた目が、黒髪の少女を映す。
 少女は青年の言葉に薄く笑った。それこそ、ずたずたに切り裂かれたという言葉がふさわしい程の、傷ついた笑みで。

「なぁ、ラビ」

 艶やかな黒髪が、重力にそって肩から滑り落ちる。
 少女の白い喉に宛がわれるは、少女の黒髪よりも黒い刀の刃。

「…………お前の記録に、“私”を刻み込んで死んでやるよ」

 ——絶叫なんて、倒れてゆく少女には聞こえなかった。



■傷より深く、愛より深く、私を刻もう




(なぁ、ユウ。そんなことしなくたって)(、俺の記録にはユウのことは誰よりも深く)