BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

アシ藤♀ ふしぎぎぎ ( No.350 )
日時: 2011/06/17 23:27
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)

 誰もいない、午後の授業中の保健室は。白いカーテンが風にたなびいて、まるで真っ白な海のようだな、と思った。幻想的、とも。

「はい、藤さん。水」
「ありがとな、アシタバ」


■た。


 アシタバが渡してきたコップを受け取り、中身を一気にあおった。氷が入っていたおかげで冷たい。ひやりとして液体が喉元を過ぎていくのを無感動に感じていた。ぼうとした視界に、水を飲み終えた後のコップを見た。当然の如く透明だった。

「……ねぇ、藤さん」
「………………ん?」
「藤さんは、いつもここで寝ているね」

 アシタバにコップを渡すと、コップの代わりに話題を含んだ言葉が渡された。話題といっても、いつもおどおどとしている彼特有の当たり障りのない、私にとっては当然の事実だったので、私はこれといった感想を持たないまま答えた。

「あぁ? ……ん、まぁ、そうだな」

 口の中がほんのりと甘い。午前中ずっと何も口にしていなかったから、口内が飢えていたのだろうか。ただの水でも甘さを感じている。

「藤さんはいつもここで寝ていて、僕は馬.鹿なりに……まぁ一応授業をちゃんと受けている訳だけど」
「うん?」

 ——何だろう、睡眠がまだ足りないみたいだ。
 まぶたをこすって、アシタバの言葉を耳にしようと試みる。自分の髪がさわさわと肩辺りから流れてきて、鬱陶しい。今週末に軽く切りに行こうか、とどこか他人事のように考える。眠い。

「たまにね。……たまにというか、よく、なんだけど。僕の見えないところで、もしかしたら藤さんはずっと誰かに寝顔をさらしてるんじゃないかなぁ、とか。無防備に可愛い姿見せてるんじゃないのかなぁ、とか思うんだ」
「………………ん、む……? 何だ、何て……?」

 ——いや、待て。何か、不自然、な、ぐらい、
 目の前が霞む。だけど、さっきまで一生懸命聞き取ろうとしていたアシタバの言葉はやけにはっきりとしていた。重いまぶたが、アシタバの表情を見るのを邪魔している。

「だから、藤さん。お願い、お願いが、あるんだ」

 どこか緊張したような、アシタバの言葉。少しだけどもったところで、普段の彼をようやく感じられた。やはり、饒舌なアシタバっていうのはあまりアシタバらしくない。心中で苦笑した。

「藤さん、あのね————」

 そこでようやく私は気付いた。
 何であの水は甘かったんだろう、と。あの水は決して、飢えた私に与えられた幸せの水なんかじゃなくて。あれは、あれは。

「僕の、僕だけの、」

 アシタバの黒髪が見えた。
 彼の名を呟こうとしても、睡魔は私も眠りの池に突き落とす。




「僕だけの、眠り姫になってよ」



 そこで、私の意識は途切れ、