BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: 【色々】歪んだ傷跡にさよならを贈る【短編】 ( No.375 )
- 日時: 2011/08/10 00:18
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
- プロフ: スペクタクルPのThe Beast.です。自己解釈なので注意。
行き交う群衆のアイを見つめていると、獣である私にも一つの思いが薄っすらと浮上してきた。
——私も、アイを持っておきたい。
いつか、また世界が終わる時に、何か一つでもアイと呼べるものを持っておきたい。でも、アイと呼ぶにはお城の中に有り余る私のお気に入りは、役者不足だ。
そんな時、栗色の彼女の笑顔が脳裏に浮かんだ。嘘だ、そんなことは無い! ……彼女の笑顔を振り払うように、角がついた頭を左右に振った。
(そうして私は、一番大切を避け続けた)
孤独に慣れ親しんだこの身が、本能的に避けていた。
私の中の“獣”は、日だまりで溶けるのを許そうとはしないみたいだった。
■たのしいね、けものさん。
私の中の獣は、彼女と日常を共にしていくにつれて、凶暴化していった。凶暴化といっても、涎をたらして生肉を求めるとかそういうのじゃない悲しみと喜びの落差がだんだんと激しくなっていくだけだ。
……でも、それは獣にとっては、とても大事なことで。
(だからなおの事、私は——他人を必要だと思う自分が許せなかったのです)
*
「ちゃんと野菜も食べなって」
「うっさいわね、卵は食べてるわ!」
「それじゃー栄養が偏ってるんだって。ほら、せめてこれだけでも」
「う、うぅ……!」
まるで喧嘩してるような私の物言いに、温和は彼女は何一つ怒らなかった。そりゃぁ私が好き嫌いをしたり、部屋を汚したりした時は少し強めの言い方をしたけれど。彼女の言い方は説得力と正しさがあって、さらに優しかった。
彼女の優しさにほだされないようにと続けてきた強がりは、半世紀にも渡った。彼女のきめ細やかな肌には、少し線が入ってきて。栗色の髪の毛には銀が入り混じるようになってきた。
一人きりが基本だった私にとって……それはあまりに幸福な時間だった。
彼女と過ごし始めて何年か経ったある日、彼女は私の髪の毛をじっと見て言った。
「君の角も、髪の毛も。君のそれらはとても綺麗で美しいね」
「……でも、私はヒトとは違うわ。獣なのよ」
——それに、この姿は魔法のおかげだし。
本当のことが言えずに、劣等感を曝け出す私に。庭の手入れをする手を休めて、彼女は光り輝くような笑顔で言い放った。
「違わないよ。君の角は、本来あるべきの君にとってのただの付属品だ。たとえ角がなくても、君のスカイブルーの髪の毛が真っ黒だとしても。君の美しさには、変わりない」
「…………あり、がと」
笑顔で恥ずかしいことをはっきりと言う彼女に、面と向かってお礼を言うのはひどく照れた。
でも、私は貴方のくれた言葉を一つ一つこのお城に留めている。
どれもこれも大切で、捨てられなくて。大好きなもので埋めても埋められなかった空間には、貴方のアイの言葉が満ちていた。足りないものを見つけるたび、私は今までの無表情が嘘のように笑いに誘われた。
——たとえ、隠しているそれの正体に、気付いていたとしても。
彼女と過ごしていると、私の胸には充足感が満ちていた。
でも、同時に微かな胸の痛みに襲われることも知っていた。
(隠しごとをしてました それが愛と知っていました)
アイが愛に変わるのは、もう少し後だった。