BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

立←←綱♀ ( No.379 )
日時: 2011/08/16 11:21
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
プロフ: 海で泳げなかった腹いせ。

 練習でぼろぼろに疲れ果てた体が吸い寄せられたのは、記憶の中で鮮やかに残るブルーの海でした。




「う、み」

 練習の合間にふらりと一人で立ち寄ってみた海は、久しぶりなせいだろうか、私の中の海の思い出よりもだいぶ美化されていた。キラキラと太陽の光を反射する水面はスカイブルーに彩られ、深くなるにつれて群青へと変わっていく。綺麗だとしか言えないのが、鬼道がいう「頭が弱い」ってことなのかもしれない。

「久しぶりだなー、おい」

 誰にともなく微笑む。唇に海風の塩辛い香りが掠って少し乾く。べろりと舌なめずりをしてみても塩の味はせず、何の感慨も沸いてこなかった。
 ふと、濃紺の液体に足を浸してみたくなった。
 考えるよりまず行動タイプである私はすぐさま土色に汚れた靴下を適当に脱ぎ捨て、靴を落としてゆく。代わりに浅黒い肌をした素足が熱い砂浜の上を踏みしめ、少しくすぐったい。じりじりと焼くような暑さが肌を焦がした。
 ——ぴちゃり、ぴちゃり。
 水面に微かな泡と波紋を起こしながら、私は海へと歩を進めた。浅瀬のせいかまだ足元はぬるい。熱を持つ体が欲するのは生温さじゃなくて、全てを掻き消してくれるような冷たさ。生温さを解きながら、更に冷たい深みへと歩き始める。
 ——ざぶ、ざぶ、ざぶ。
 荒い波の音に自分の音を消されないようにと、わざと大きな音をたてて歩く。足の裏が貝や石のせいでざりざりと違和感を与えてきて、痛い。でも海の冷たさが痛みを上回り、凍りつくような錯覚を感じた。

(もっと、もっと深いところへ)

 ——深く深く、どこまでも深く。
 ——体中が冷たさという針で刺されるまで。世界中が青に染まるまで。
 酸素を求めるように、喉の奥から息が漏れた。焦るような吐息と、腰から足元にかけてまとわりつく青の水が、自分の動きを止めているようでもどかしい。

「きっと、っ……きっと、だ」

 呟いた言葉が波にさらわれていく。
 ついに喉元まで海面に浸った。冷たさは体全体を這い回り、動きにくさと息苦しさのみが脳内を甘く痺れさせる。

「私がもし、このまま——海にさらわれたら、」

 言葉を続けようとして息が止まる。
 目の前には、私を飲み込もうと青の波が。
 息を止める前に、私は強い波に足元を掬われて、勢い良く海の中に転げた。溺れたと言った方が正しいんだろうけど。ごぼり、と群青の世界の中であぶくが空へと浮かんでいくのが目に入った。

(どこまでも青い、私だけの世界。誰にも入らせなかった、私だけの)

 全てが青に塗り替えられていく世界で、けれど私ははっきりと見た。
 私だけの世界の中で、精一杯こっちに手を伸ばしてくれている、彼の姿を。
 弱虫なのに強気で、そしてすぐ照れる——そんな彼の一生懸命な姿に、笑いが浮かんだ。それなのに、すぐに泣きたいような気持ちに襲われる。初めて体験するその感情は、恋という一文字で片付けて良いのだろうか。


(ねぇ、もし私が海で溺れたなら、)


 私のこと助けてくれる?————なーんて。
 問いかける前に引き上げられて、さらに抱きしめられたら、言えるわけないじゃない。




■海≒自己世界