BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- ろくたんリク3 青桃 ( No.489 )
- 日時: 2012/08/14 21:49
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: hFu5/zEO)
「ひとりぼっちだ」
「誰が」
「俺が」
連絡も入れずに今日も青峰君はクラブを休んだ。テツ君が退部してから、休む頻度がかなり多くなっている。試合の前よりかはよく顔を出すようになってるけど、それでも「面倒くせェ」と休むときがあるのには変わらない。今日なんて掘北マイちゃんの新しい写真集を買うからって理由で休んでしまった。赤司君もそこで怒れば良いのに、「勝つなら良いさ」と飄々とした顔で受け入れてしまっている。そんなのおかしいよ——私はただのマネージャーだから、そんなこといえなかったけれど。
青峰君は自分のベッドに寝転んでいて、タンクトップと下に練習着のズボンを合わせていた。完全にオフ状態じゃない、もう。頬を膨らませて隣に仁王立ちしていると、青峰君はぽつりとさっきの言葉を言った。
——ひとりぼっちだ。
——俺が。
いつもなら「うるせーな。練習は昨日したからいいだろーがさつき。さっさと帰れ!」と眉間に皺を寄せているくせに、今日は珍しく不機嫌そうじゃなかった。ううん、違う。不機嫌そうだったけど、不機嫌さよりもどこか凹んでいるような印象の方が強かった。
「変なの。何言ってるの青峰君? 青峰君のどこが一人ぼっちなのよ。きーちゃんもミドリンもいるじゃない。赤司君やムッくんもいるよ」
その中にテツ君を入れなかったのは、彼がもう私たちの前から消えてしまった存在だからだろうか。あの淡いブルーの瞳を見ることはもう私たちには叶わないのだ。
「……そういう話じゃねーっての」
うつぶせのまま青峰君は浅く笑った。馬鹿じゃねーの。そう言いたげに頬に浮かんだのは、青峰君が最近よく見せる皮肉めいたものだった。
そんな笑み、テツ君がいたときには全く見せなかったのに。無邪気に笑いながらバスケをする姿の方が、幼馴染の私にとって身近なものだ。だから青峰君には似つかわしくない笑みに、私は驚いた。言葉を失っていると、大ちゃんは唇を歪めて笑った。
「俺を倒せる奴はいねェ、俺と同じレベルで練習してくれる奴もいねェ。……結局、テツもいなくなった。俺は一人ぼっちだ」
「テツ君がいなくなったからって、まだきーちゃん達が!」
「だから、そういう話じゃねーんだよ!」
青峰君の怒声はびりびりと私の鼓膜を揺らした。彼の声があまりにも切羽詰ったものだったから私は言いたいことを我慢し、口を閉じる。青峰君は依然ちらりと私に片目だけ視線を寄越してみせた。
私を怒鳴りつけたその口で、淡々と続ける。
「お前だって分かってんだろ。俺たちはもうバラバラだ。今のチームは、一と一と一をまとめただけのもんだ。塊じゃねぇ、単体が寄せ集まってるだけのくだらねぇ集団だ」
「……青峰君も、その一人だっていうの? あんなに、あんなに楽しい毎日だったのに……?」
「そうだよ。俺もただの一だ。ばらばらになった中にある、一人だ」
青峰君の言う通り、最近のバスケ部はおかしい。個人プレイばかりを優先——勝利だけを目的としたバスケをしている。そこにテツ君の好きだったチームワークなんて欠片もなく、妙な重苦しさだけがあった。テツ君は異変に気付き必死に頑張った挙句、バスケ部をやめてしまった。
——それが青峰君の心に傷を負わせたことを、彼は気付かないまま……消えてしまった。
「なぁ、もう良いだろさつき。何で無理してクソつまらねーバスケなんてやらなきゃなんねーんだ。つまんねぇよ、相手がいないバスケなんて、相手が諦めたバスケなんて……一体どこが面白いっつーんだよ、なあ」
うつぶせのまま、青峰君は苦しげに呻いた。
そして胸の辺りを掻き毟るように撫でた。荒々しい手つきは、まるで胸の激痛を堪えているように見える。
「さつき。黄瀬はこんな俺に呆れてるし、緑間は知らねー顔してる。紫原はくだらねぇって思ってて、赤司は笑ってるだけだ。……テツは、消えちまっただろうが……っ!」
男の子が声をあげて泣くところを、私は初めて目の当たりにした。
慟哭のような荒々しさはそこにない。女子のようにしっとりとしたものもない。迫り来る孤独に必死に耐えようとして、それでも零れ出てしまう嗚咽。青峰君はとても静かに泣いているはずなのに、声なき悲鳴が私の鼓膜をわんわんと揺らした。
——たすけて、たすけて。
私には、なぜだかそう言っているように聞こえた。
私はテツ君が好きだ。勿論、恋愛感情……彼氏にしたいっていう意味で。
でも、この気持ちは何なんだろうか。目の前で泣いている彼に対して抱くこの感情は。胸がぎゅうぎゅうと締め付けられて、息をするのも苦しくて、震える彼の背中に触れたくてたまらなくなるこの感情は。
「……だい、ちゃん」
久しぶりにそんな風に呼んだ。青峰君は何の反応もせずに、ただ肩を震わせて泣いている。
「大ちゃん、だいじょうぶだよ」
タンクトップからむき出しになった腕に触れると、ぴくりと微かに反応を返された。大丈夫だよ、大ちゃん。大丈夫だから。そんな思いを込めて、私はベッドに倒れこむようにして、彼の背中を抱きしめた。
冷房が効いているというのに大ちゃんの体はやけに熱かった。泣いているせいだろう。浅黒い肌に爪をたてないよう、私は抱く手に力を込めた。
「一人ぼっちになんてさせないよ。大ちゃんのことは、一人にさせない。大ちゃんが一人ぼっちになるなら、私も一緒に一人ぼっちになってあげるからっ……! だから、」
——だから一緒に、ふたりぼっちでいようよ。
叫んだ私の声には、既に涙が滲んでいた。
泣いている私は彼にとって頼りがいのないものだったはずだ。けれど彼は、私の呼びかけにこくんと頷いてくれた。鼻を啜りながら、それでも私の呼びかけに応じてくれたのだ。
たったそれだけのことで、私は笑ってしまうほど幸せな気持ちになってしまった。
■ふたりぼっち、
「貴方を孤高の王様になんてさせない」
「どこまでもどこまでも、ふたりぼっちでいようよ」
「そうしたらきっと、幸せね」