BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- ■ぼくらのうた。 ( No.516 )
- 日時: 2012/09/09 11:22
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: hFu5/zEO)
「この歌はあなただけのものではない」と彼は呟いた。
呟いた彼の顔には何の感情も浮かんでいないようにみえたけどそれは違う。たった半年程度の付き合いだが彼のことはよくわかっているつもりだ。ポーカーフェイスを身にまとっているくせに、バスケや仲間のことになるとすぐに顔色を変えるところ。実は誰よりも勝利に貪欲で、そのためならば良い意味で手段を選ばないところ。
「この歌はあなただけのものではない」と彼は呟いた。
まぁ、確かにそうだな。俺はその言葉にうんうんと頷く。彼が紡いでいる歌はけしてアイツだけに向けられているものではない。最初から最後まで、彼はアイツだけではなく、彼の過去の仲間達全員へと歌を贈り続けている。アイツらはそれを鬱陶しそうに払いのけていた。小さな口をめいっぱい開けて歌う彼を横目に去っていく姿を俺は何度も見ている。
「この歌はあなただけのものではない」と彼は呟いた。
アイツらのように変われずにいた彼は、ぼんやりと自分の無力さに頭を垂れているだけだった。パスしか送ることの出来ない自分の両拳をぎゅっと握り、何ともいえないような顔のまま、唇を噛み締める。その時俺はその場にいなかったし、そもそも出会ってすらいなかっただが。人から聴いた話だけでも十分にわかる。彼が、とても辛かったんだろうってこと。大好きな仲間に大好きなバスケを裏切られたことは、誰よりもチームワークを大切にしている彼からしてみればバスケをやめることよりも辛い出来事だったはずだ。
「この歌はあなただけのものではない。だけど、」と彼は呟いた。
でも彼は立ち上がったのだ。アイツらから与えられた敗北感と悲しみを糧に、傷だらけになった両足を動かして、立ち上がった。そして一歩を踏み出した。彼は弱いから一人じゃぁ踏み出さず、隣に俺という新しい光が必要だったけど。それでも一歩は一歩だ。踏み出したそれを噛み締めるように、彼はほんの少しだけ笑った。
そして歌を歌おうと、唇を動かした。一度アイツらに否定されたその歌はよく響かなかった。だから俺も一緒に歌ってやった。俺は歌なんてまともに歌ったことがないから、とてもひどいものだったと思う。聴いた彼が目を丸くしてこちらを見つめていた。
俺が一緒に歌いだすと、彼は可笑しそうに柔らかく微笑んだ。おずおずと彼も歌い始める。小さい声、だけど音程がとれていて、真っ直ぐだ。彼も歌い始めたのを確認し、俺はさらに声を張り上げた。荒削りで、下手な調子外れの歌だった。
「……だけど、もしもあなたがこの歌を聞いて、」と彼は呟いた。
一番最初にその歌に気付いたのは黄色。どんな曲でもすぐに真似できる黄色は、下手くそな俺たちの合唱に勢い良く噴出した。けらけらと笑いながら、初めは俺たちを馬鹿にしていた。だけど、いくらか聴いているうちに、同じように声を合わせて歌い始めた。俺たちの下手っぴな歌に、某歌手が歌っているかのような声が合わさる。
次に気付いたのは緑色だ。俺たちが歌っているのを煩わしそうに一瞥し、お前らの歌は邪魔だ、消えろと厳しく言い放った。彼はじっとそんな緑色を見つめていたけど、やがて「一緒に歌いましょう」とわずかに笑った。緑色はその誘いにやはり驚いたような顔をしていたけど、俺たちがずっとそこにいると、諦めたように口ずさみ始めた。
青色は歌うことをやめてしまっていた。青色の声はとても大きくて、その前ではどんな声も霞んでしまう。全てを飲み込んでしまうアイツの声に、か細い彼の声なんて負けてしまった。
「もしも、あなたがこの歌を聞いて、笑ってくれるのなら——」
青色に向かって、彼は言う。
歌いすぎて唇は割れて血が伝っている。喉はがらがらで聞き取りづらいというのに。
それでも、彼は。
「——笑ってくれるのなら、僕は、いくらだって歌を歌います」
諦めずに、また、がらがら声を張り上げるのだ。
隣にいた俺は「本当にお前は負けず嫌いだな」と苦笑して、彼に倣い、大きく息を吸い込む。まだまだ、まだまだなんだ。青色と共に歌えるようになるには、まだまだ声が足りない。
下手くそな俺らの歌を青色に聴かせてやろうと、俺たちは再び歌い始めた。
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火視点、青と対決→敗北後のくだらないおはなし