BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- サリシノハラ的な ( No.550 )
- 日時: 2012/11/05 23:17
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: hFu5/zEO)
首元のマフラーを緩く解きながら、ぼんやりと“君”の前に立ち尽くした。
仕事から帰宅中のサラリーマンや、クラブを終えわいわいとはしゃいでいる学生たち。ぼんやりと時計を見つめるカップルの片割れ、ギターの弦をぽろぽろと意味なく引いてみるホームレス。駅前はそんな人たちで溢れていて騒然としている。誰にでも等しく夕陽は色を落とし、誰もがその横顔に眩しいほどのオレンジを焼き付けていた。僕も大衆の一人として、微かに目を細めて橙色の陽光を享受する。ぽろんぽろん。また下手糞なギターの音色が僕の耳元を掠めた。先日発売したばかりの人気ユニットの曲は、たまたま通り過ぎていった女子高生のウォークマンから漏れ出したものだった。雑音とがやがやと形の無い声の塊、むっとするほどの大衆に付属した熱気、反して背筋が粟立つような冷気。何だ、こんなにも世界にはたくさんのものが溢れている。それには自分の好きなものも嫌いなものも詰まっているし、はっきりと判別できるものもぐちゃぐちゃとしていて分かりづらいものもある。あぁ、世界は今日もうるさい。僕のような平凡を極めた人間の脳髄にはずしりとその騒がしさが重さを孕んで突き刺さってくる。
目の前の“君”は今日も愛嬌のある笑顔を僕らに振り撒いている。不特定の誰かにそれは温かさを与えるだろうし、また別の人には不快感を煽らせるかもしれない。どう受け取られるのかすら分かっていない、ただ望まれているのだと思い込んだまま、きっと君はその笑顔をまた安っぽいフィルムに焼き付けるのだ。
ねぇ、一体君は何を望んでいるんだい。僕は問いかけた。
そんな風に笑って、誰に何を求めているんだい。君は笑って何を得ようとしているんだい。嘘っぽい、心の底からではない作り物の笑顔を、こんなチープな看板一枚に載せちゃって。
“君”はイエローを貴重とした衣装を身にまとい、飛び切りの微笑を浮かべて、真四角の板の中で存在していた。さんさんと降り注ぐ夕暮れのオレンジを身体全体で受け止めながら、僕らのように、その眩しさに目を閉じることもなく笑顔を向けている。
笑うことは、本当なとても苦手なくせに。笑うとえくぼが変な風に出るから、絶対に笑いたくないとあれだけ泣いていたのに。しかし君はこうして僕の指先が触れないところで笑っている。君が嫌いだとぼやいていた嘘つきの笑いを、誰かへと突きつけていた。
「……一人ぼっちは、辛くないのかい?」
何気なく呟いた言葉には答えず、それでも君は、笑っていた。
■サンセット・ガールは笑った
夕暮れに染まった看板の向こうに君はいない。「あい、してるよ」乾いた唇で紡いだそれすら。孤独な君には届かないような気はして、僕は冷たくなった頬をより冷たい看板へとくっ付けて、流れてきた涙をこすり付ける。どうか僕のこの涙が、留まることを知らない涙が、いつか孤独な君へ届きますように。僕がそう祈っていることを君は最後まで知らない。知ることはない。「でも、それでも、ぼく、は」今にも泣いてしまいそうだ、としゃくり上げた僕の視線の先には、やはりあの燃えるように赤い夕陽があって。