BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

/嘘にのせた優しさすら愛しかった ( No.553 )
日時: 2012/11/11 22:45
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: hFu5/zEO)
プロフ: 笠黄のような黄笠ちゃん

「……お前、鬱陶しいよ。もう俺に近づか、」


 
 その言葉の続きを聞きたいかなんて、聞きたくないに決まってる。先輩は俺に抱きしめられると、息と共に出掛かっていた言葉を飲み込んだ。ぐ、と喉が圧迫されたのか、妙な吐息が耳元ではじけた。先輩の口を塞ぐことが出来たので俺はほっとして、腕の力を微かに緩める。でもまだ先輩が逃げないと決まったわけじゃなく、ゆるく拘束したままにしておいた。
 短い黒髪からはほのかなシャンプーの香りがして、それは俺が以前雑誌で宣伝をしたものだったから、余計に愛しさが湧いた。あぁ、このまま抱きしめて眠ってしまいたい。どこまでもどこまでも「大好き」という気持ちを抱きしめて、温かい波に揺られていたい——そう思っていたのは俺だけだったんだろうか。先輩が腕の中で抗議の声をあげた。

「いてーよ。離せ、黄瀬。人が来る」
「……嫌、っス」

 風邪をひいている訳でもないのに俺は鼻声で、ぐずぐずと先ほどからしゃくりあげていた。両頬を濡らしているこれは紛れも無く涙だろう。胸を切なさが突き、ずきずきとした痛みを生んでいる。
 首元から顔をあげて、ぼやけた視線を先輩とあわせた。先輩はこの寒空の下長時間外にいたせいか、鼻が真っ赤だった。でも気丈そうな、少し吊り上がっている瞳は潤みもせず、俺をじっと見つめている。そして一切の動揺を見せずに、凛とした態度で俺に告げた。

「先輩命令だ」
「ずるい、今、ここでそんなこと言うんスか」
「先輩だからな」

 よくわからない理屈で丸め込まれ、俺はますます不安な気持ちになる。込み上げてきた嗚咽を隠すことなく涙に変えてみせると、先輩は肩を竦め、呆れた顔で俺の頬を指で拭った。今にも溜め息をつきそうなのに、なぜか溜め息だけはつかなかった。

「……俺は男だから、子供を産んでやれないよ。モデルの黄瀬涼太の隣で、恋人として生きてやれない」
「そんな……んなことない、っスよ。先輩、だって先輩、俺が一緒に生きようって言ったら!」
「あぁ、確かに言った。『俺もお前を愛してる。どんな反対を受けようとも、お前とだけは離れない』ってな。でもな、黄瀬、無理だよ。お前が思ってるほど、俺は一途じゃない」


 そんな、嘘だ。
 叫びそうになったところを、先輩の鋭い眼に射抜かれる。どこまでも真っ直ぐで、有無を言わせないその双眸に俺は憧れ、愛していた。先輩の刃のような視線に俺は一度殺されたのだ。中学までの黄瀬涼太はもう死んでいる。ここにいるのは、殺されてからまた新しく産まれた黄瀬涼太だ。
 そうだ。アンタが殺したんだ。誰かを愛することを知らなかった俺を、アンタがその鋭い刃で殺したんだ。殺した責任がアンタにはあるんじゃないか、なあ、そうだろう?


「いくらお前が俺といて幸せだからって、俺はお前と同じように幸せを噛み締めていけねぇ。きっと、ずっとお前の未来を潰したことを後悔してる。そんな、まるで足に鎖つながれてるみたいな人生、俺はごめんだ。もっと自由に生きていきたい」
「……俺との人生は、だめなんスか……自由になれない、んスか?」
「ああ」


 首肯し、先輩は今度こそ、俺の腕の中からゆるりと逃げていった。















 先輩の温もりはとうに消えている。そろそろ体の芯は冷え切ってしまいそうで、さっさと屋内に入ってしまおうとつま先を自分の家へと向けた。薄いブルーのベールが空にかかり、綺麗なグラデーションになっている。携帯で写真を撮ろうか悩んだ挙句、指先が凍えて動かないのでやめにした。
 氷のように冷たくなってしまった指先を唇へ運び、押し当てる。そうしたらまた先輩の温かさが戻ってくるような気がしたけど、戻ってはこなかった。そりゃそうかと唇の端を吊り上げてみるも、笑えはしなかった。


「……うそ、つき」


 彼が去っていった方向を見ながら、呟いた。
 俺のことが嫌いなら、今日だって顔を合わせずにそのまま帰宅すればよかったのに。逃げたいと望むのなら、俺が抱きしめた瞬間に平手でも何でもすればよかったのに。わざわざ曖昧な言葉なんて使わず、素直に暴言を吐いてくれたら、まだ楽になれたのに。
 あれだけ泣いたのに涙は枯れることなく、じわりと込み上げてくるものがある。再び緩み始めた涙腺を何とかしようと俺は無理矢理頬を吊り上げて笑ってみた。は、は、と掠れたような嘲笑が漏れる。


「せんぱい、俺ね、やっぱまだ、アンタのことが、す————」


 ————言いかけ、そして口を噤んだのは。また泣き始めてしまったからだろうか。ぼろぼろと溢れてきた大粒の水滴はただひたすらに甘い味がして、甘党の俺に優しかった。


「ひ、うぁ、あ」


 彼の嘘があまりにも優しくて、俺はまた、涙を流す。








■嘘にのせた優しさすら愛しかった