BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

ゆりっぷる ( No.566 )
日時: 2012/12/11 23:43
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: .XV6mGg/)



「……伊織、わたしはね、世界の果てが欲しいよ」

 真っ青というには曇りすぎた、冬の寒空の下。ついさっき自動販売機で買ったばかりだというのに、手のひらに収められているコーヒーの缶はやけにぬるい。私の指先がつめたすぎたのだ、と一瞬で失われてしまった熱さを勿体無く思いつつ息をついた。「世界の果てなんて、ないですよぉ先輩」「そんなのわかんない」息をつくと、ほわりと鼻先に蒸気が浮かんだ。やっぱ、冬ですねー。

「でも先輩。もうこの地球上はすっかり解明されてるじゃないですかあ。……まぁ、誰も入ったことのない秘境の地!みたいなのはよくテレビでやってますけどぅ。でもこの“世界”の果ては、もうないですよ」
「何で?」
「世界はこういう形だ、って地球儀が証明してくれてるからですよ。コロンブスさんもその証明に貢献してくれました」

 先輩は色鮮やかな紅色のカチューシャを身につけたまま、いつもの通りお上品に佇んでいる。その手に握られているのがコーンポタージュの缶じゃなければ、本当に、深窓の令嬢という言葉がふさわしい女性なのに。ついでに言うと、うちの学校はカチューシャ禁止だということを取り除けば、尚更。
 私は先輩が理解しやすいよう、自分の手の中でぬるさを発し続けている缶を彼女の目の前にさらし、指先で示してみせた。

「ここのふたのところが日本だとするでしょう。そしたらこの真反対側の底が、ブラジルです。その間にはアメリカも中国もフランスも……とにかくたくさん国がある。私たちの知ってる、地球の姿がある」
「世界史が好きなの?」
「いいえ、片仮名ばかりであまり。……とにかく、先輩。私たちの世界なんてそんなものなんです。果てなんて既に、この世には存在していない」
「でもそれは、私の中のリアルじゃないよ」

 ううん、と先輩はゆったりと首を横に振り、あくまでも否定した。
 その拍子に薄い紫色に映える黒髪が揺れる。先輩の髪は腰ほどまで伸ばされていて、長い。一本一本が生命を得たかのように揺れ動き、私のもとへと花のように可憐な香りを残していく。とても甘美な存在だ、とどこまでも意味のない存在である私は感嘆する。

「私はまだ——私のこの手で世界の果てに触れてないんだよ、伊織。触れてもないものに見切りをつけて、知ったふりなんて、嫌だ」
「……何ていうか、先輩にしては珍しく、イマドキの女子高生らしい言葉ですよねぇ」
「こんなこと、この年代じゃないと言えないじゃん。言ったもん勝ちよ、要は」

 先輩はその美しい外見に似合わない「うひひ」というどこかガキ大将じみた笑いを浮かべ、かちりと缶のプルトップを開け、中身をぐいっと飲み干した。「……けほ、がほがほがほ」いや、コーンの粒たっぷりなのにそんな勢い良く飲み干していいんですか。
 むせていた先輩は落ち着くと、まだ微かに咳き込みながら私へと空っぽの缶を差し出した。長いまつげの端を薄っすらと苦し涙で濡れている。どんな表情も綺麗だ、と私がまた感嘆の吐息を零そうとする前に、言われる。

「ほら」
「?」
「この缶の中の世界は、まだ伊織も知らないでしょ?」

 ——だから、ね。
 先輩が花開くように笑うと、色つきリップでしっとりと湿っている唇が淡い桃色を保ちつつ半月を象った。彼女らしいその微笑は、特別な存在でもない私に向けられていて。
 それはきっと私にとってとても喜ばしいことなんだろうけど、その時の私には喜びよりも先輩の行動への驚きの方が勝っていた。


「はい。あたしの世界の果てを、アンタにあげるよ」










■彼女による世界の果てのみつけかた







 私は欲しかった/どうしようもなくこの世界から逃げたくてたまらなくて、でもそうすることがただの臆病ものがすることだって知ってた/彼女はそれを知っていたのだろうか/息苦しかった私に与えられた世界の果ては、なぜかとても息がしやすかった





***

先輩はお嬢様クールカチューシャ非道キャラにするつもりだったけど、音符的の先輩みたいになってもうたで尊……(∵)
まぁただの缶のゴミ押し付けれただけの話ですきっと