BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

いずみこ ( No.582 )
日時: 2013/01/03 03:39
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: .XV6mGg/)
プロフ: http://shindanmaker.com/123977

(結局、俺と尊——俺たちの赤の王の間には、何も無かったんだろうと思った。
 ……いや、仲間の絆とか友情とか。そういう類のものは確かにあった。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、もっと汚くて、焼けるように熱いこの感情のことだ。狂うには少し時間が遅すぎた感情。尊が誰よりも化け物じみた炎を内に飼っているのだとしたら。逆に俺は、誰よりも人間臭い炎を宿していた。……アイツの持つ純粋な炎と、俺のこの汚らしい炎を同じように扱ってはいけないのだろうが)


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 自分の行方を既に決めた、広い背中を眺める。難儀やなぁ、と誰に言うでもなく呟いた。紫煙と共に吐き出したその言の葉はそのまま空に霧散するかと思った、が、意外にも尊は俺の声に振り向いた。気だるそうな眼差しに、抑え込んだはずのどろどろとした熱が胃を焼く。
(俺の声に、反応してくれたんか?)
 たったそれだけの仕草で、草薙出雲という人間が彼の中に存在していたことを悟り、頬が緩んだ。何や、お前はまだ俺をその中におらしてくれるんか。十束の死に対する悲しみとあの白髪の少年への憎しみだけで、お前の体内はいっぱいになっているはずなのに。蟻一匹も入らないであろうその心の中に、俺がいることを許してくれとんか、尊。
 怪訝そうにこちらを見ている彼に「何でもないわ」と浅く笑いを返した。ついでに、しっしっと犬を追い払うように手を振る。想像通り「……俺は犬か」と尊は渋い顔をしてまた外を眺めた。そうや、お前はそれでいい。俺の言葉なんてもう気にせずに、真っ直ぐに歩いていけばいいんや。
(……ほんま遠いなぁ。昔も、今も)
 尊は雪の降り積もった木々たちを眺めている。違うか、眺めているように見えるだけだ。本当は、すぐそこに迫っている自分の最期をじっと凝視しているのだ。その最期が形を変えることなく、ちゃんと自分の手の内にあるかどうか。怯えることなく、悲しむこともなく。自分が決めた結末を、咀嚼している。
 今のこいつは、自分が死ぬというのに気高いその姿を保ち続けている。虚勢ではなく、根幹にあるのは真っ直ぐな強さ。十束を殺したアイツを殺してやるという、鋭い殺意。気高く強い——俺たちの、吠舞羅の赤の王。美しい、と賞賛してもし足りない。

「……」

 彼は一言も「もう行く」なんて言わなかった。しかし、ぼんやりと考え込んでいた俺にもその瞬間はすぐにわかった。
 尊が、出る。自分の片翼であった十束多々良の仇を討つために。
「……ミコト」
 アンナが席から立とうとしたのを、俺は片手で制した。アンナは聡明な少女だ。俺の言おうとしたことを察すると、大きな瞳をわずかに伏せて、おとなしくまた椅子につく。ええ子やな、なんて小さな頭を撫でたくなった。
 尊は自分の元へ駆け寄ろうとしたアンナを一瞥したが、あえて気付かない振りをしていた。蜂蜜色の双眸が微かに優しさに染めたことは、多分本人ですら気付いていない。無意識のうちに、こいつは大切なものを作っていたのだ。

 ——尊。お前の大切なものの中に、俺は入ってるんやろうか?

 その問いを尊本人に聞くのはひどくずるいような気がして、密やかに胸の内に仕舞いこんだ。ざわり、と体の中の炎が揺らめいた気もする。静かに溜め込んだこの感情は、もう彼に伝えることすら叶わないのだろう。
 これから散歩にでも行くような軽い足取りで。尊はこちらへ——部屋の出口へと歩いてきた。出口を塞ぐように俺が立っていることに、こいつは気付いているのだろうか。
(……いや、それはないか)
 煙草はほとんど燃え尽きていた。もう吸えへんなと諦めジッポの炎で燃やす。この炎も、尊がくれたものだった。まだ過去形にするのはおかしいだろうが、これから起きることを考えれば過去にしてもいいんじゃないだろうか。普段と変わらない顔をし、俺の前に立つ尊へと表情を緩めた。
「行くんか、尊」
「……ああ」
「そうか」
 お前がこれからすることに対して、俺はすでに悲しみも痛みも感じてないから。お前が望んだ未来を、俺は認めてるから。だから安心せえ、安心して進め——願いを込め、後ろへと引き下がった。そうすることで出口への道が開き、後はドアを開けるだけとなる。
 ドアの向こうには、お前の望む未来がある。言外に告げ、視線をふっと下げた。忠誠心を見せつけるように、王の強さに跪くように。
 俺の想像していたのは、尊はそのまま、俺に何も言わずにドアへ向かう——というものだった。
 だが、違った。
 あの気高く強き王は、気まぐれのように歩みを俺の方へと進め。
 いつもの仏頂面からは想像も出来ないほど、穏やかに微笑んで。


「……すまねぇな」
「っ、」

 
 そうして、俺の微が焼きついている辺りをぽんと叩いた。囁くようにして紡がれた彼からの感謝の言葉。俺は思わず言葉を失った。
 顔を上げないようにしていたはずなのに、気付けば年甲斐もなく、涙目で尊を見つめていた。(行くな、尊。行かんといてくれ)叫びを抑えるために、ぐっと両拳を見えないように握り締めた。
(ほんま、最後だけは格好よくおろう思っとったのになぁ……)
 俺が必死に作り上げていた盾を、こいつはいつでも簡単に打ち壊していく。吠舞羅のメンバーの古株だからと、感情を抑え込んで指示をしていた虚勢も。こいつのことが好きだという、八年前から変わらない唯一の感情すらも。尊の前では全てが形を失い、中身を曝け出される。
 自分の愛している人間が、自分の本当の気持ちをわかってくれている————それが心地よいとわかっているのを、俺がどれだけ罪深く思うか。お前は、知っているだろうに。
(なぁ、すまんって何やねん)
 涙でしっとりと濡れた目は、鉛を含んでいるかのように重い。炎のように真っ赤な髪だけが以前と変わらず、鮮明に網膜に焼きつく。サングラス越しに見る尊は、とても寂しそうに笑っていた。
 ただしその笑みも一瞬で、瞬きをするともう出口へと歩いていた。儚い、幻のような。あいつにしては珍しい笑顔だった。

「…………っ、はは」

 尊のいなくなった部屋内に、乾いた笑いが零れる。笑う場面じゃないだろ、と元気なうちの切り込み隊長は叱咤するかもしれない。ついに気が狂ったんじゃないか、と思うメンバーもいるかもしれない。
 しかし俺は、なぜかどうしようもない幸福感を覚えてしまっていた。今まであったたくさんの悲しみも、これから尊がいなくなって感じるであろうたくさんの辛さも。全てが吹き飛ぶような、あのどろどろと熱いものよりもずっと綺麗な感情。

「なあ、尊」

 とっくに、あの悲しくも優しい赤の王様は、俺のことなんて忘れているだろう。全てを灰に帰す火炎は、憎き仇にぶつけるためだけに彼の拳を包んでいる。誰よりも優しい心は、大好きだった俺たちのメンバーを追悼するためだけに悲しく燃え上がっている。
 ——嗚呼、それでええ。それで、十分や。


 お前と俺に始まりなんて無かったけど。俺はちゃんと、幸せやった。
















■終わり無き始まりに愛を送る、


 きっともう伝わっているだろうこの暖かな胸の鼓動を、俺はゆっくりと嚥下した。





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出尊へのお題 『始まりの無い世界で 寂しそうに笑って 私は一人、 「ありがとう、ごめんね」 と言いました。』