BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- 美猿ちゃん ( No.588 )
- 日時: 2013/01/20 14:02
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: .XV6mGg/)
「……あー、寒っむ」
「美咲でも寒く感じるんだな」
「まーな。最近は寒すぎて嫌になるわ——ってオイ、美咲でもって何だでもって」
「子供体温なんだから寒くねーのかと思って」
「喧嘩売ってんのか猿比古テメェ!!」
「怒鳴んなようるせーな……後、唾散らすな汚いだろうが」
「お前にだきゃ言われたくねーよ!! てか名前で呼ぶな胸糞わりィ!」
今にも噛み付かんばかりに吠え立てると、猿は呆れたように肩を竦めてそれに返した。はぁ、と溜め息まじりのものがイヤホン越しに聞こえた。だから何でお前がしれっと俺が悪いようにしてんだ、殴るぞ猿比古。右手に炎を灯し威嚇してみると、猿比古の眉間に深い皺が刻まれた。
「……どうでもいいけど、肉まん冷めるぞ」
「あ、やべっ!」
猿比古の言葉で、自分が肉まんを食べようとしていたことに気付く。さっき買ったばかりの肉まんは期間限定三十円引き、つまり常に金欠の俺にとっては神様からの恵みに等しいのだ。大切な肉まんを猿との下らないやりとりのせいで冷たくしてしまうのは勿体無い。
慌てて蒸気で張り付いた包みをぺろりと剥がし、まだ温かい生地へと齧り付いた。中身は熱々で、口を離した瞬間ぼわりと白い湯気が立ち上る。
「!? っぐわ、あっつ!」
「……熱いのに頬張るからだ。ほら、水」
熱さが舌を焼き、口の中のものを全て吐き出したい衝動に駆られた。しかし横から良いタイミングで差し出されたペットボトルのおかげで、みっともなく吐き出すことは免れる。ひぃひぃと涙目でボトルの水を口に含む。すぐに舌の熱さは痛みへと変わり、熱はすうっと解けていった。
「けほ」と小さく咳き込み、ついでにペットボトルを傾け、残りを飲み干した。腹いっぱいの感覚にわずかに気持ち悪さを覚えながら、空っぽになったペットボトルを近くのゴミ箱へと投げる。からからと音をたてて収まったので、小さくガッツポーズ。
「おい美咲、あれまだ飲むつもりだったんだけど」
「んだよ。お前が俺にくれたんだろ、いるんなら先に言えっつーの」
「…………単細胞」
「ああ!? 俺に聞こえるか聞こえねーかぐらいの音量でぼそっと言うんじゃねーよ!」
「チッ……てか、うるせぇよ……外なんだから静かにしてろ。また変な奴らに絡まれたら、お前の大好きな吠舞羅の名前に傷がつくぞ」
厄介そうに片手を振ると、猿比古はそっぽを向いてベンチに座りなおした。横顔がさっきよりもいっそう不機嫌そうに歪んでいる。何だよ、変な奴。舌を冷やそうと口を開いていたから、その理由を聞くことは出来なかった。
——俺の大好きな、吠舞羅か。
猿比古の言葉を反芻する。吠舞羅、というワードで真っ先に思い浮かぶのは全てを焼き尽くす深紅の炎。そして、その炎の持ち主である赤の王、周防尊さんだった。あの強さを前にすると、俺は震えるほどの感動を覚える。
「……何考えてんだ」
「ハッ!」
昨日の抗争の時に見た尊さん炎を思い出していると、ふいに猿比古が振り向いた。自分の顔が緩みきっている自覚はあったので慌てて頬を引き締める。ぎゅっと目に力を入れ、言い返す。
「な、何がだよ。べ、別に何も考えちゃいねーよ」
「ふーん……にやにやキ.モい顔してたから、尊さんのことでも考えてたのかと思った。美咲は中身がアホなんだから、せめて頭良さそうな顔をしてろよな」
「誰がアホだ、つぅーか名前で呼ぶな猿比古!」
「アホはアホだからアホっつったんだよアホ」
「上等だコラ……さっさと立てよ猿比古、ぶん殴ってやる!!」
「褒めてんだよ」
「だからどこをどう解釈した褒めてることになンだよ!!」
残りの肉まんを急いで食べ、腕をまくり立ち上がった。怒りと肉まんのおかげで体は熱く、猿比古に殴りかかる準備は万端だ。イライラで頬が引き攣り、眉間に皺が寄る。
だが、喧嘩する気満々の俺とは逆に、猿比古は冷めた瞳をしていた。疲れたようにまた溜め息をつき、マフラーに顔を埋める。青白い肌が暗がりのせいでより白く際立っている。風邪でもひいてんのか、猿比古のやつ。
「……美咲はそのまま、アホのままでいいんだよ」
先ほどよりも低いトーンでもう一度呟かれる。やっぱりお前喧嘩売ってんだろ、と苛立ったけど、猿比古の元気のない姿を見ているとなんだか萎えてきた。行き場の失ったイライラを俺はどうすればいいんだろうか。チッ、と猿比古のように舌打ちをし地面を蹴った。
「俺といた時と同じアホのままで良かったんだ。……俺は、前の美咲と……吠舞羅に入る前の美咲とずっと一緒に居たかった」
「アホアホ言うなっつーの!! ……てかよ、別に俺は何も変わってねーだろ。どこが変わったっていうんだよ」
「……変わったよ、美咲は。たぶん、これからもっと変わっていくんだろうな」
「だから、俺は変わってねェっつーの!」
俺の抗議には応えずに、猿比古はベンチから立ち上がる。
群青色のマフラーを巻きなおし息をつき、ようやく俺へと視線を向けた。こいつはあんまり人と目を合わせようとしないから、こうして見つめ合うのは本当に久しぶりだった。真正面に立つ猿比古は、前に比べて痩せたように感じた。
暗い色合いのコートを着ているから、この夜の暗闇にそのまま溶け込んで消えてしまいそうだ。野暮ったい黒縁眼鏡のせいだろうか、猿比古の表情はひどく冴えない。
「やっぱお前、風邪でもひいてんじゃねーの? ……今日は変なことばっか言ってやがる」
「……そうだな。……風邪、なのかもな」
「自覚あんなら早く帰れよ。お前一度風邪ひいたら二週間はずるずる引き摺るタイプなんだから。どうせ俺が看病する羽目になんだよな、くそっ」
「まぁ、美咲は優しいからな」
「——ッ!?」
思いがけぬことを言われ、驚きで言葉を失う。当人はといえば「じゃあ帰るわ」と数分前の理解不能な発言なんて嘘のように、飄々とした顔で俺に背を向けて帰ろうとしていた。いやちょっと待て、最後の言葉はどういうことなんだ猿比古。
風邪気味の人間を引き留めるわけにもいかず、俺は悶々とした気持ちのまま小さな背中を見送る。最後の最後で爆弾を落とされた気分だ。どうしてか居心地の悪さを感じ、視線を逸らす。
「みー、さー、きー」
すると、公園の入り口の辺りで猿比古が俺を呼んだ。あいつにしては珍しく少しだけ笑っている。青白い、と思っていた頬はほんのりと朱に染まっていた。
だから名前で呼ぶなっつうんだよ。そう叫ぶ前に、猿比古が言った。
「バイバイ」
■別れを告げたのはきっと
思い切り蹴ると、目覚まし時計は中身をぶち撒けけたたましいベルを響かせるのをやめた。耳の奥に残るアイツの言葉と、目蓋の裏に焼きついた似合わない微笑。アイツがあんな風に言うのも笑うのも、普通ならありえないことだと夢の中で気付けば良かったのに。
ぼす、とまだ眠気に支配された頭を布団に埋める。この脳内のだるさと重さは、けしてさっき見た夢のせいではないと思いたい。
「…………、」
胸に込み上げてきたその名前を口にしそうになった。起きてすぐの喉はからからで、アイツの名前を俺が口にすることは出来なかったわけだけど。
***
診断メーカー?より
夜の公園で何かを堪えるように君は私に「ずっと一緒に居たかった」と言いました。/寒空の下 笑って君は私に「バイバイ」と言いました。
もっとちゃんとしたの書けばよかった