BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

ルーゲルダ/黒誕 ( No.594 )
日時: 2013/01/31 23:59
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: .XV6mGg/)

(さっきから雲のようなものも見えることから察するに……今の僕は、空に浮いている、っていう感じなんですかね)
 異様過ぎる世界の中にいるのに、なぜか僕は平常心を保ち続けていた。冷静過ぎる自分が怖い。ファンタジー小説を読んでいるからか、と適当に結論付けた。


「どんな日々ですか、そっちの世界は」


 その問いに応えようと、僕は歩みを止めて振り返った。歩みを止めたなんて言ってはみたけれど、実はちゃんと歩けているかの確証なんてどこにもない。ただ、目の前に水色の世界が広がっていたから歩いている。それだけの話だ。体の上の方も下の方も、そして左右も。どこを見渡しても空のような水色しか見当たらない。
 全てが水色に塗りたくられた世界の中——ぼう、とちょうど僕の視線の先に誰かがいた。あぁ、あれは。少しだけ顔をあげて、じっと目を凝らす。
 背景に溶け込んでそのまま消えてしまいそうな、アクアブルーの髪。今よりもだいぶ細い肩。俯きがちな姿勢は、目立ちたくないという本心の表れだろう————全部全部、昔の“僕”。中学二年生の黒子テツヤが、そこに立ちつくしていた。

「どんな日々ですか、とはどういう意味ですか?」

 先ほどの質問は彼からのものだろう。あんな小さな体から、よくもまぁあんな刺々しい声色が出せたものである。心中で微かに賞賛しつつ、ゆったりとした笑みを返した。
 すると彼は僕の笑みに不愉快さを示し、ビー玉のような瞳をきゅっと吊り上げた。本人ですら滅多に浮かべない、感情をむき出しにした顔だ。「どんな日々、っていうのは、」不意に掠れた声が耳をついた。


「……僕は、まだ、……まだあんな……あんなに苦しいバスケを、続けているんですか」


 彼の声はわずかに震えていた。制服に皺がついてしまうぐらい、ぎゅっと胸元を握り締めて。帝光中の制服は白いんだから、そんな風に握ると手の垢がついてしまうじゃないですか。注意しようかと思ったところに、さらに彼の問いが続いた。

「青峰君は、まだバスケが嫌いなままですか。……あ、赤司君は勝つことしかしてくれませんか。黄瀬君は泣きそうですか、緑間君は、ずっと悲しそうですか……!」

 ぎゅう、とさらに彼の制服に皺が寄る。
 同時にあの無表情がくしゃりと泣きそうに歪んだ。だけど、泣けない。ひくひくと口元を引き攣らせて、必死に言葉を紡ぐ。

「紫原君も練習に来なくなって、桃井さんも、すごく辛そうで——そんな、そんな世界が、まだ続いていますか」
「……どうでしょうかね」

 そっけない僕の対応に、ついに彼の涙腺が緩んだ。色素の薄い頬を透明な液体が伝い、水色の世界へと影をおとす。ぴちゃり、と水音がこちらまで聞こえた。
 ぼろぼろと溢れ出す涙の粒。しかし彼は、くぐもった声で叫ぶように言った。


「僕は……僕は、バスケが嫌いになっちゃい、ましたか?」












■1月31日の君へ。




 そうしてしばらくは泣いていたように思う。ぼやけた視界の中に映るのは、毎朝鏡の中にいる自分よりも幾分か大人びた様子の少年だった。僕と変わらない、淡いブルーの瞳は、泣いている僕を慰めることもせずにじっとこちらに向けられている。
 やがて、彼はその影の薄さと同じぐらい薄っすらとした微笑を浮かべた。どこの制服だろうか、黒い学ランを身にまとったその両腕を広げて僕に言う。


「……大丈夫ですよ。こっちの世界は、こんな日々を送っています」


 その言葉と共に、初めて水色の空間に色が生まれた。
 赤、オレンジ、黄、緑、青、紫、ピンク。よく見るとそのたくさんの色は、その色の数と同じぐらい多い花たちだった。マーガレットとか、水仙だとか、チューリップ。僕の知っている花もあれば、全く知らない花がある。
 どれだけあるんだ、と思わず僕も呆けてしまった。淡い桃色やひよこのような可愛らしい黄色。山吹色など、その色ごとに濃淡や模様が違う。


「いつか、たくさんの色が君を救ってくれます。たくさんの色に触れて、君は成長します」



 ——だから、今は頑張って。
 最後にそう呟くと、彼は照れ臭そうにその黄色い花を僕に手渡した。






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すべりこみんぐ