BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- 緑桃 ( No.602 )
- 日時: 2013/02/10 00:31
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: .XV6mGg/)
「……あっ」
「……あ」
馬鹿みたいに重なってしまった「あ」の口のまま、俺と桃井は数秒間固まってしまった。桃井は蛇口からじゃばじゃばと勢い良く水を出しっぱなしにして、俺はひきつり顔で中腰という妙な体勢で、数秒間。……普段ならさらすこともない自身の間抜けな姿は、この敏腕マネージャーの目にはどう映っているのだろうか。舌打ち交じりに、この状況の原因となったバッシュを握り締めた。
■ふわふわロンリー
人気のない、第三体育館の裏にひっそりとある水道。その蛇口をひねっても今の季節は凍えるくらい冷たい井戸水しか出てこないので、普通の生徒先生ならきちんと整備されている校内の水道を使うだろう。——つまり、こんな寒い日にわざわざ遠く離れた第三体育館の裏までやってきてバッシュを洗うのは、よっぽどの変人ぐらいしかいない。そう、俺や桃井のような——事情がある、変人しか。
「……あちゃー、これは手ひどくやられちゃったねーミドリン。乾かす時間と紐を直す時間を考えても、使えるのは明日の放課後になっちゃうよ」
「それは理解しているのだよ。だから今日は、今日のラッキーアイテムであるバッシュをきちんと二足持ってきた。俺に抜かりはない」
「さっすがミドリンだねー! じゃあ心配ないか。貸してみて、先にちぎれた紐を抜いて、隅々まで洗っちゃうから」
紐を切られ、チョークの粉に塗れた無残な姿のバスケットシューズ。
このバッシュの持ち主は紛れもなく俺だが、自分のシューズを傷つけて悦に浸るような趣味は持ち合わせていない。スタメン落ちした先輩方か同級生の仕業だ、というのは猿でもわかる。伊達に帝光中学の強豪バスケ部で二年間過ごしてきたわけじゃないのだ。自分たちに向けられている期待、羨望、嫉妬、憎しみ——それらを大体は理解している。
それは桃井も同じようで、俺のこのみすぼらしくなってしまったバッシュを前にしても平然としていた(危害を加えられたことに対し怒ってはいたが)。青峰や黄瀬のこともあるし、こういうことに慣れているのだ。
「あ、これは私が洗っておくから、ミドリンは早く練習に戻って? 今日は紅白戦もあるし、戻らないと駄目でしょ」
「お前は俺が人に汚物を押し付けて去るような男だと思っているのか。せめて洗濯物ぐらい運ばせるのだよ。割に合わないだろう」
「えっ、大丈夫だよ! 今日は洗いもの少なかったし、それに赤司君が怒るよ? いいの?」
「平気だ。赤司には後で事情を説明しておく。…………それに、お前のシャツも残っているだろう」
俺の返事に、ぴく、と桃井がわずかに反応する。さっと笑みが消え、能面のようなこいつの無表情が露わになった。しかしそれは刹那の出来事で、すぐさまあの天真爛漫な笑顔に変化した。
先ほどまで桃井が熱心に洗っていた、何か。桃井は俺に見つかったときすぐにそれを自分の脇へと隠そうとしたようだが、俺の目は誤魔化せない。
水に濡れたシャツの端に、何かマジックで書かれたラインが目に入った。
桃井はいつも無地のTシャツを着ている(派手なのはスポーツマンシップに反するよ!という訳の分からないことを主張していた)。だから、こいつが望んで自分の服に落書きするのは考えにくい。そしてそのことについて触れた時のこいつの反応。導き出された答えは、他人事とは思えないようなもので。
「……あちゃー……大ちゃんたちにはナイショにしといてね?」
「特に黒子には、か」
「あはは、やっぱミドリンには全部お見通しだよねぇ。……うん、出来たら全員に言わないで欲しいなぁ。こんなんで緊急ミーティングとか、くだらないでしょ」
想い人の名を出すと桃井はくしゃりと表情を崩した。泣くのかと思い少しだけ身構えたが、気丈なこいつは雫一つ零さなかった。あはは、と空笑いをして自身のシャツを俺から見えない位置へと動かした。
- 緑桃続き ( No.603 )
- 日時: 2013/02/10 00:33
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: .XV6mGg/)
水仕事ばかりして荒れた指先で、宝物に触れるように俺のバッシュの紐を解いていく。ところどころぶつ切りになっているので、長さのばらばらな残骸が水道の下へと集まる。
紐は買い替えなきゃね、と子供に言い聞かせるように呟いて、丁寧な手つきでチョークのピンクに塗れた爪先をこすっていく。チョークのピンクはこいつの桜のような色合いの髪の毛に比べると、ひどく滑稽に思えた。
そんな滑稽な色を、こいつに近づけて良いものか——なんて考えてしまった。
「……いや、やっぱりシューズを貸せ」
「えっ、いやいやいや大丈夫だってば! だって今は水冷たい季節だし」
桃井の隣にしゃがみこんで、バッシュへと手を伸ばす。しかし洗っていた桃井はびっくりした様子で俺からバッシュを遠のけてしまった。その拍子に冷たいしぶきが頬に散ってくる。
頬が濡れたことに不快感を示しながら、俺は仏頂面で桃井へと手を差し出した。
「……冬に水が温かいなんてことは有り得ないのだよ」
「ミドリンの指先がかじかんで、傷でもついたら赤司君が怒るよ。3P打てなくなったら困るよ、ね?」
「その程度で打てなくなるようなシュートを俺がいつも練習しているとでも思っているのかお前は」
「そ、そーゆーことを言ってるんじゃ————うぅ、じゃぁ、どうぞ……どうせミドリンには口で勝てないもんね……」
申し訳なさそうな顔で、桃井はびくびくと俺にバッシュを手渡してきた。水を含んだバッシュは重く、その際に触れた桃井の指先は氷のようだった。よくもまぁこれだけ寒いのに平然と俺と会話が出来たものだ。鳥肌がたったのを悟られぬように、ジャージの裾を直す。
小さな水道の前に二人で座り込みバッシュを洗い始める。桃井はちらちらと俺の方を気にしていたようだが、やがて諦めたように息をつくと、自分のシャツを隠すように洗い始めた。ちらりと見ると、真っ白なシャツの上にでかでかと「淫乱女」「男バスの恥」と書かれてあった。この特徴的な文字は、女バスのマネージャーだろう。また今度話を聞いてみるのだよ、と頭の隅で書き留めておく。
「……あのさ、ミドリン」
「何だ」
「水、冷たくない?」
「それをお前が言うか」
苦笑してみせると、桃井はふにゃりと頬を緩めた。さっきまでのどこか緊張した雰囲気が崩れ、お互いの間には心地よい沈黙が下りる。「……あのさ、ミドリン」再び、桃井が同じように俺に問いかけた。
「何だ。水なら冷たくないのだよ」
「…………私は、冷たいと思うよ。水。しかも今日はだいぶ冷え込んでるし」
「それがどうした。今さら洗うなと言われても、俺は自分でちゃんと洗うぞ」
「……んと、そうじゃなくて、あのね。上手く言えないんだけどね」
そこで初めて、桃井は自身の——落書きされたシャツを俺に見えるように持ち上げてみせた。重力に逆らうことなく、水滴がぽろぽろシャツの端から滴り落ちる。広げられたことにより、あの阿呆臭い文字の羅列も、よく見えるようになった。
桃井はそれらの言葉を前にし、ただ穏やかに笑った。俺に気を遣ってる風でもない、心からの微笑を。
「こんなことされたり、傷ついたりするけど。……でもね。こうやって、ミドリンとこの痛みを共有してると……おかしいけど、私はあんまり痛くないなって思えたの。……ねぇ、ミドリンは、どう?」
桃井は目を細めたまま、ゆっくりと首を傾げ、俺に答えを求めてきた。
どう答えたら良いのかは俺にはわからなかったが、自分が今どうしようもなく幸せな気持ちだということだけはわかってしまった。
*****
緑も桃も色々されて孤独感味わうけど、一人ぼっちと一人ぼっちが一緒にいたら結構気が楽だと思うのです
緑桃は百合(真顔)