BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

■からっぽのまにまに1 ( No.623 )
日時: 2013/03/31 16:54
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: QGJGVn1c)

※黒桃、黄モブ♀要素有
※25歳ぐらいの話









 ——久しぶりに飲みに誘われたと思ったら、これですか。
 長年の友人である黄瀬の目の前で、黒子は溜め息と共に肩を落とした。先ほどまで酒をのんでいたのにも関わらず、そのポーカーフェイスは一切崩れることなく、薄っすらと頬が染まっているだけだ。
 反対に黒子の足元に座り込んでいる黄瀬は、普段はモデル雑誌に乗っているすました表情とは真逆に、目も口も完全に緩みきっただらしのない顔をしている。耳まで真っ赤なのは彼があまり酒に強くないためだろう。

「いつか、ここで生きてたことなんて忘れちゃうだろうからさぁ、だから俺はこーやって、大切なもんをちゃんと形にしとくわけなんスよ」
「そうしないと覚えとけないのはどうかと思うんですが」
「いーじゃんいーじゃん。ここでこんな話したなぁ、こんな気持ちだったなーって、強い自分も弱い自分もお酒と一緒に飲み下すんだって。丁度今日は春真っ盛り天気じゃないっスかー、桜を肴に、もう一軒」
「行きません。ほら、立ってください、奥さんに怒られますよ」
「……ぅぐろこっちひどぉーい」
「当然の反応です」

 酔っ払いの戯言なんて聞くに値しません。黒子はきっぱりとそう切り捨てると、自分よりも上背のある黄瀬を背負い、駅へと歩き出した。
 彼が口にした通り、黄瀬には家庭がある。黄瀬の嫁は気が強くさばさばとした性分で、酒を飲みすぎて終電に遅れたなんて言い訳をする男が大嫌いである。たとえそれが自分の夫だとしても、彼女はそのスタイルを崩さない。

(まぁ、ちゃらちゃらしている黄瀬君らしいお嫁さんと言いますか。娘さんも小さいですし……お父さんが夜遅くまで帰ってこない、なんてのも可哀想ですよね)

 自分も新婚ほやほやであるのを他所に、黒子は黄瀬の家庭について考える。背負われているその“お父さん”は眠ってしまったのか、さっきから声が聞こえない。
 どうやら黒子たちのような者は駅前には多いらしく、黒子と黄瀬が駅に着いたとき、ホームは人でぎゅうぎゅうだった。こんな時間にも関わらず、一便だけ貨物を乗せた列車が目の前を通過していった。真っ暗な駅の終点の方角へと、光が点滅し、消えていく。その光が眩しかったのか、黄瀬のゆるみきった顔が少し曇った。

「……いつか、こんなんも忘れちゃうんだろうなあ」

 ふいに黄瀬が呟いた。黒子が言葉を返す前に、酒気を帯びて熱っぽくなった右手が、無防備にさらされていた黒子の手を握る。黒子は元々冷え性なためか、今日は春の良い天気だったというのに爪先まで冷たかった。その冷たさを黄瀬は心地良さそうに享受し、薄っすらと微笑んだ。

「意識がはっきりしてんなら、歩いてくれますかね。君は仮にも有名モデルですし、その金髪目立つんですよ」
「本音は?」
「自分よりクソでかい身長を支える僕の気持ちを察しろ」
「あっははは! それでも放り出そうとしない黒子っち、愛してるー!!」
「はいはい。そういうゲロ甘な台詞は帰って奥さんにどうぞ」

 黒子の冷たい反応に「黒子っち容赦ないっスねー」と黄瀬はおかしそうにくすくすと笑った。意識が朦朧としているのか、焦点が定まっていない。足に力が入らないようで「あー俺ダメだー」とおどけたように叫び、再び黒子へともたれかかった。
 アクアブルーの瞳が困惑の色に染まる。黒子は黄瀬から香る酒臭さに一度渋い顔をし、先ほどの会話へと戻る。

「まぁ、いつかは忘れますよ。……中学のときも高校のときも、絶対に終わりなんてないと思っていたはずなんですけどね。それでも、こうして大人になった今では、記憶が曖昧なところがあります」

 高校の時よりは幾分か伸びた襟足に手をやり、黒子は昔のことを振り返る。黒子も黄瀬も、バスケに青春を捧げていた。あれだけ熱い中高時代を過ごせたことは今でも誇りで、そして大切な思い出だ。ちょっぴり切ないものが胸を掠め、黒子は微妙な表情になる。
 酒が完全にまわっている黄瀬は、神妙な顔をしている黒子を一笑し、ぐっと親指をたてた。

「このまま行くと、黒子っちも俺もあっという間におじーちゃんになって死んじゃうかもね!」
「死ぬなら一人で死んでください。僕には愛するさつきさんがいます」
「えー? じゃあ桃っちと黒子っちにラブソング歌ってあげるっス!」
「どういう話題の転換ですか……もうちょっと落ち着いてまともな話をしましょうよ……」
「真面目とかまともとか涼太わかんないっスー!」

 むぎゃー、と黄瀬が発狂したようにホームで叫ぶ。その大声にびくりと黒子の隣にいたサラリーマンが怯える。黒子は今まで以上に深く溜め息をつくと、吐くことのないレベルの強さで黄瀬の腹に鳩尾をきめた。うげ、と呻いて叫びを停止する黄瀬。その様子に安堵すると、黒子は「今度叫んだらほんとゴミ箱に捨てて帰るんで」と冷たく言い放った。
 
「……うぐ……く、黒子っち……何で俺のこのセンチメンタルな気持ちを理解せずにエルボーきめちまうんスか……」
「君のその姿のどこにセンチメンタルを感じればいいんですか。冗談は顔と行動だけにしておいてください」
「か、悲しいっスよぉ……悲しいことだらけっス、センチメンタルばっかっスよ……」

 黒子の対応に本気で傷ついたらしく、黄瀬のレモン色の瞳に涙の膜が張る。しかし黒子は今まで何度も黄瀬の泣き顔を見たことがあるので、その程度ではたいして揺るがない。「はぁ、そうですか」と簡素な返事をし、また背負いなおすぐらいだった。
 今度は悲しみが溢れてきたのか、黄瀬の両頬に大粒の涙が流れ始めた。先ほどまで楽しそうに叫んでいた男(イケメン)が、一分も経たない間に泣き始めてしまった。その光景があまりにも異様だったのか、隣のサラリーマンが別の意味で怯え始める。「すみません、この人泣き笑い上戸なんで」と黒子は釈明してみるも、影の薄さゆえ気付かれずに終わった。

「……い、今まで目に映ってきたもんを全部“奇跡”なんだって、キラキラしてだなーって、そんな風に見てみるんズけどー!」
「はい」
「ぞ、ぞんで……今色々だのじいやつを、“無意味”だー、なんて、考えでみるんスけどー!」
「鼻水出てますよ、黄瀬君」
「そっ、それでもー! 昔の、たのじかったことを、ちょっどずつ、俺、わずれちゃっててー! それが、がなじいっスよーぐろごっぢー!!」
「…………はいはい、僕も悲しいですよ」
「うあああああ! できどうな返事は嫌っスー!!」




Re: 【色々】Hello,Microcosmos!【短編】 ( No.624 )
日時: 2013/04/01 02:10
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: QGJGVn1c)

 嗚咽まじりの叫びをあげ、黄瀬は黒子の背中へと泣きついた。当然だが黒子は黄瀬よりも体格が小柄なので、泣き疲れてもそのまま前のめりになってしまう。
 白線を踏み越えてしまいそうになり、周囲が一瞬どよめく。

(……これはもう、歩いて帰った方が注目されずに済むかもですね……)

 これ以上いると、周囲からの視線が痛い。黄瀬と同じ酔っ払いのおじさんさえ、黒子たちに奇異の目をむけてくるのだ。
 黒子は影が薄いのであまり目立っていないようだが、もしも有名モデルである黄瀬が週刊誌に「人々は見た!某モデル、春の夜の醜態!」なんて見出しで記事にされてしまったら、奥さんの方に申し訳ない。
 黒子と黄瀬はすみません、と俯きがちになりながらも、人混みをかき分けまた駅前へと戻った。すると、外に出た瞬間、聞き覚えのある電子音が耳に届いた。体の右側を支えに、自由になった左手で黒子は自身の携帯の画面を開く。相手が誰かということは既にわかっていた。

「あぁ、さつきさん。……ええ、やっぱり黄瀬君が潰れちゃって。大丈夫です、徒歩で帰るので少し遅くなりま——あ、いえいえ、車なんて出さなくていいですよ。さつきさんが事故にあっちゃいけませんから。それに、最近は人妻狙いの変質者もいますから——さつきさん? あの、人妻っていう響きがそんなに嬉しいんですか? あ、いえ……はい、はい、それじゃ……」

 電話の向こうの桃井の声に気付いたのか、ぐずぐずと鼻声だった黄瀬は「桃っち?」と明る気なトーンへと変わった。ようやく正気を取り戻したか、と黒子はこくんと頷く。黄瀬は黒子の肯定が嬉しかったらしく、涙でぐちゃぐちゃの顔でふへへと笑った。

「桃っちは、まだ俺が触れでもはじけちゃわない、ちゃんと俺の日々だから、安心するんス……っぐ、」
「……ほら、ティッシュあげますから鼻かんでください。皆に大人気の黄瀬涼太君が台無しですよ」
「うっ、ありがと黒子っぢ……ずびっ、ずび」

 からん、からん。黒子と黄瀬の横顔を撫で付ける夜風は、足元に転がっていた空き缶を弄んで消えていく。夜風はまだ少しだけ肌寒くて、きっと酒が入っている黄瀬にとっては丁度良い温度だろうと、黒子はふと思った。
 からん、からん。遠くの暗闇から、空き缶が転がる音が繰り返された。人気のない空っぽの歩道は自分たち二人きりが取り残されているようで、生きているという感覚を見つけにくい。黄瀬はだんだんと落ち着いて着ているらしく、黒子の背中にかかる負担はわずかにだが少なくなっていた。

「……僕もね、あの頃が楽しかったですよ。誠凛の人たちだけじゃない。君たちキセキの世代との色んなことがです」

 黒子は、何気なしに呟いた。まさか話をしてくれるとは思ってなかったのか、ぼんやりとしていた黄瀬は小さく息をのんだ。からん、からん。酒でとろとろに溶かされていた黄瀬の感覚が、その音を頼りに再構成されていく。
 普段黒子は自分の本音をなかなか言わない。ほとんどの感情をその無表情で覆い、悟られぬよう、周囲に曝さないようにしている。
 そんな黒子が自分のために言葉を紡いでくれているというのは、黄瀬にとってはまるで、一夜限りの手品を観ているようだった。きっと明日の朝には消えてしまうような、そんな儚さ。

(ああ、このままどこかに遊びに行ってしまいたいな)

 黄瀬は薄く目を閉じた。じわじわと熱が目蓋の裏に灯り始める。
 黒子の低体温が今の熱い体には丁度よく、不思議と不快感は起こらなかった。
 脳裏にはあるはずもない流星群がきらめいていて、黄瀬は想像の中だとしても、それがとても綺麗だと思った。この流星群の下、黒子と二人でどこまでも歩いていく想像をした。

「……君も僕も存在していた、“未来”という名の今と、“過去”という名前のあの頃。僕は今、それを感じています」
「こんな、酔っ払いと喋るだけでっスか?」
「ええ。君とは今でも色々ありますが——本当は、あの頃に比べたら“無い”と形容したほうが正しいのかもしれませんが——何となく、何となく……ですよ?」

 念を押し、黒子は言い澱んで一旦立ち止まった。
 そして、黄瀬の脳裏に瞬いているはずの。本来空に流れていないはずの、星の流れを眺めるように————まるで昔と今の自分たちが変わっていないかのような微笑みで、静かに言った。


「君と、この時の狭間で笑っていたかった——なんて、考えますよ」


 その優しげな声色に、黄瀬の双眸が大きく見開かれる。薄い涙の膜がぷつりと途切れ、酒のせいとは違う、もっと別の意味を孕んだ何かによって涙が流れ始めた。声にならない思いが胸をきりきりと締め付け、嬉しいような、悲しいような複雑な色でいっぱいになる。

「くろ、こっぢ。もしかして、ずっと、もしか、して……?」

 涙を拭うこともせず、黄瀬は震え声で黒子に問いかける。酔いはとっくに醒め切っていたのに、黄瀬の視界には未だあの美しい光を放つ流星群が瞬いている。
 きらきらと光り輝くその色は、確かにあの頃と変わらない鮮やかさのままで。
 黄瀬の頬に涙が伝い落ちていくのを、黒子は「ほら、変わらないですよ」とやはり柔らかに笑い、透き通った水色の瞳で見つめ返した。

「……ただ、なんとなく、の話ですよ」









■からっぽのまにまに








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からっぽのまにまに/ピノキオP


本当はずっとお互い好きだったはずなんだろうけど、その好きは親友の好きだって勘違いしたまま大人になっちゃって、でも振り返ってみればああアレは恋愛的な好きだったなって気付いたときにはお互いが当たり前の幸せを手に入れてて、あくまでも過去として収めておかなくちゃいけなかった黄黒で黒黄ちゃん