BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

■また「たとえば」を繰り返すよ ( No.637 )
日時: 2013/04/03 23:34
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: QGJGVn1c)
プロフ: 日→猿(→美)/(傷ついてしまえばいい)

 繰り返す俺の「たとえば」は、もう効いてくれないみたいだ。
 




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 普段はこの世の中全部が憎たらしいって言いたげな仏頂面をしているくせに、彼のところへ行くときはその眉間に刻まれた皺は嘘みたいにするりと消え、口元にはおかしそうな笑みが浮かぶ。語りかける声もワントーン高くなって、上司や残業への不満しか零れないはずの唇からは、嘘のようにぽろぽろと彼への嘲笑が飛び出してくる。血の気のない頬も彼を前にすると薄い桃色に染まるのだから、本当にびっくりする。まるで恋をしている女の子のようじゃないか。彼の前でだけ、伏見さんは本当の伏見猿比古として生きていられる。彼——八田美咲の前でだけ、伏見さんは息をする。ぎちぎちに縛られていた全てのものを放棄して、安らかに酸素を吸う。美しく色づいた頬と唇が、微笑みが、深い群青色の双眸が、爛々と輝く。殺されたはずの伏見猿比古が再び、殺した張本人である八田美咲の手によって、生き返させられる。それこそ魔法のように。死んだ者は二度と生き返らないはずなのに。八田美咲だけが、伏見猿比古に魔法をかけられる。伏見猿比古の死んだ恋心を、再び呼び覚ますことが出来る。
(嗚呼、羨ましい)
 溜め息を一つ零し、今日もまた薄暗い表情をしている伏見さんを眺める。黒縁眼鏡の下にひっそりと隠れている隈は、昨晩の徹夜によるものか。日焼け一つない肌が余計に青白く見えた。その真っ白な柔肌にとびきり赤い痕をつけてやりたい、なんて加虐的な思考が脳裏にちらつく。女みたいな細い手首を上の方で一つにまとめあげて、制止の声をあげる伏見さんを無視して、衝動のままに歯を突きたてて。そんなことをしたら、俺は解職程度じゃ済まないだろうが。

「伏見さん」

 予想外に、ひどく掠れた声だった。喉の奥に詰まっているのはざらざらとした嫉妬で、伏見さんに伝えるべき言葉を邪魔している。「何、傷ついた顔してんすか」「……してねェよ」チッ、と盛大に舌打ちをして伏見さんは応えた。不愉快そうな顔をしているくせに、その視線は俺を睨むには弱弱しかったし、そもそも目線を合わせようともしなかった。何かを堪えるような表情に、図星か、とぼんやりと上の空に思う。
 伏見猿比古は八田美咲の魔法によって生き返ることができる。
 けれど、生き返ると同時に——伏見猿比古の恋心はまた八田美咲によって殺される。最初に殺されたときよりも、もっと無残な形で。裏切り者って言葉で、伏見猿比古の心臓に刃を突き立てる。血なんて残らないぐらい、肉の一欠片も残さないように、徹底的に彼は殺してしまう。
 ——なんて報われない、かわいそうな恋だろう、って。俺が言えたもんじゃあないけど。

「傷ついてる伏見さんの顔ってね、すっげー間抜け面してます」
「……万年間抜け面のアンタに言われたくない」
「俺、こんな間抜け面ですけど、そんな伏見さん見て傷ついてますよ」

 だいぶ、傷ついてます。
 続けてそう笑ってみせると、伏見さんは濃紺の瞳をわずかに見開いた。長いまつげを伴った、アーモンド形の大きな瞳。その瞳から涙が零れ落ちた最後は、いつになるんだろう。伏見さんが最後に泣いたのは——泣けるほど生きていられたのは、いつなんだろう。そんなことを考えると俺は馬鹿みたいに泣きたくなってしまった。

 
(ああ、報われない恋をしている)










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日猿は出猿とかと同じくらい報われなくて好きです
支部で見た日→猿→美が素晴らしすぎて