BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: 【色々】Hello,Microcosmos!【短編】 ( No.653 )
日時: 2013/04/29 01:35
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: eNPK8IuO)
プロフ: みーまー






「みーくん」

 どうしたの、と振り返る前に、まーちゃんはすでに背後へと迫っていた。迫っていたと表現してみたけど実際はそんなホラーな雰囲気ではなく、むしろ貞子のように布団の中まで僕を追いかけてきてくれても構わないのだけれどとそこまで言うと話の本筋から外れてしまうようで真に恐縮なんだけれど。とにかくまーちゃんは僕の偽名を呼びながらぎゅう、と柔らかい腕(別に最近まーちゃんの体重が増えたからこういう表現をしてるんじゃないぜ!と補足しておく)で僕へと抱きついてきた。
 僕と同じシャンプーを使っているというのに、まーちゃんの頭からは甘く魅惑的な香りがする。やっぱりシャンプーも人を選ぶんだよなぁ、と数学の教科書を片手にぼんやりと思った。「みーいーきゅーん」「どうしたんだい、まーちゃん」「みっきゅん」「おぉう短縮形」かすかに驚いた様子を見せると、まーちゃんはにへにへと笑った。

「みーくんはまーちゃんといちゃらぶするのが義務なのです」
「ごめんね、後もうちょっと読んだらまーちゃん国の国民として義務を全うするから」
「にぎゃー! 駄目なのー! まーちゃんは一瞬なの、賞味期限が今日なのー! 早くしないと賞味期限切れになっちゃうのー! だからそんなの見ないでまーちゃんとちゅーぎゅーちゅーするのー! すーるーのー!」

 ぷくぅ、と膨らむまーちゃんは相変わらず可愛いので、僕は「そうだね、後もうちょっとね」と簡単に返事をしてあえて教科書を読みふけっている振りをする。するとまーちゃんは「がじがじ」とわざわざ擬音付きで僕のうなじに歯を立ててきた。「ぎゃー」と棒読みで反応しておく。まーちゃんの口内は存外熱くて、噛まれた痛みよりもそっちにびっくりした。
 今日も二人ぼっちの室内は春の陽気にあてられ暖かい。別にまーちゃんに抱きつかれてるから温かいなんてそんなのろけは僕らバカップルには通常運転すぎて言及する必要すらない。嘘だけど。まーちゃんの重み(けしてまーちゃんの体重が増えたから以下略)を背中で受け止めつつ、教科書のページを捲った。

「まーちゃんより本の方が大切とはなにごとですかー! みーくんはまーちゃんと本どっちが大事なのー! まーちゃんでしょー! まーちゃんらぶでしょー!」
「さっすがまーちゃん、選択の余地すら与えない! そこに痺れる憧れ」
「なにを言ってるだー! むきゃー! みーくんのどけちー!」
「あれっ一体どこからケチ臭さが出てるのかなってどぐふぁ」

 ぐにゃりと視界が歪んだかと思えば、まーちゃんに押しつぶされていた。まーちゃんは下敷きになっている僕を「んもー! みーくんのドミノ野郎!」と(多分)罵倒しながらぽかぽかと背骨を殴る。その度にただでさえ薄い僕の身体はぎしぎしと軋んで痛む。
 まるでドミノ倒しみたいだなぁ、とドミノ役は物思う。物思うドミノ、ふむ、哲学的だ。どうにかしてドミノ野郎の汚名を返上しようと立ち上がりかけ、当然だが僕は身体を起こせず、溜め息と共に再び寝転がった。

「むふぅ、まーちゃんとみーくんは二人でいちゃいちゃしてるのが幸せなのだ!」

 僕からは見えないけれど、どうやらまーちゃんはご満悦なようだ。先ほどとは違い、ごろごろと僕の背中の上で寝返りを打っている。まーちゃんが転がるごとに僕のあばら骨のHPが下がっていくとかそんなこと思ってない。さすがにドミノ野郎に貧弱モヤシがついてきたら笑えない。そんなお徳用セットは必要ない。
 まーちゃんが鼻歌を歌いながら、ふいに僕の唇へと指を伝わせた。ぬるい温度が灯ったまーちゃんの人差し指は、昨晩僕が磨いた爪がきらきらと光っている。

「まーちゃんの爪、綺麗だね」
「にゃふ?」
「まーちゃんの爪が綺麗だなー、って」
「にゃふにゃふ!」

 きゅるんと音が聞こえそうなぐらい可愛らしく首を傾げるまーちゃんはやっぱり可愛い。かわいい。僕のボギャブラリーがまるで国語辞典のように豊富だったらまーちゃんの可愛さを余すことなく日本中いや世界中にまで届かせることが可能なのに、なんて少しだけ自身の阿呆さにむせび泣いた。嘘だけど。
 まーちゃんは僕の言葉に機嫌を良くしたのだろう、豊かな胸部を盛大に揺らしてぎゅむぎゅむと僕の背中で暴れまわり始める。もはや幸せと感じるべきかあばら骨の危機ととらえるべきか僕には判断がつかない。だがまーちゃんマスターである僕としてはこれは幸せととらえるべきなんだろう……え、嘘じゃないよ?

「もー、みーくんったら、まーちゃん上手なんだから。おかげでまーちゃん、みーくんのこと怒れなくなっちゃった!」
「……それは、嬉しい限りかな」

 ふわり、とまた甘い香りが漂った。やっぱりまーちゃんと僕でシャンプーの効果は違うらしい、とようやく結論に至る。この香りを胸いっぱいに抱きしめたらどうなるんだろう。少女漫画みたいなことを考えてるふりをしながら、まーちゃんの頭を撫でた。「うにゃー」「よしよし」猫っぽいまーちゃんも素敵。
 頭を撫でていると、まーちゃんの身体を堪能したくなってきた(やらしい意味とかエロい意味じゃなくてだね)。でも、このまままーちゃんを抱きしめるには、背骨の一本や二本いかれちゃいそうだ。背後のまーちゃんは退いてくれる様子もないし。

「……でもまぁ、まーちゃんとみーくんとの幸せには代えられないよなぁ」

 呟いたその言葉を糧にするように、僕は立ち上がろうと使えないはずの右腕に力をこめた。











■Hello,Microcosmos!



 小さなフラスコの中で生きていた僕らにはお互いの姿しか見えない。ふたりぼっちの世界だと錯覚したまま、僕らは愛に沈んで行く。密閉されたこの世界が、この愛情が幸せというのだ——そんなひどく歪んだ勘違いを取り残したまま。
 /こんにちは、僕らだけの小さな宇宙。