BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: 【色々】 トロイメライの墜落 【短編】 ( No.655 )
- 日時: 2013/04/29 21:35
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: eNPK8IuO)
「いいか——絶対に抱きしめるな」
と苦虫を噛み潰したような顔でそう吐き捨てると、兵長は俺の胸へと寄りかかってきた。今日も今日とて丁寧に洗われてある兵長の身体や髪の毛からはふわんと清潔感のある石鹸の香りがする。風呂から出てきたのはついさっきのことだから体温が高い。
しっとりと濡れた黒髪に指を這わせようとすれば、すぐさま「やめろ」と金の眼が訴えてきた。鋭く尖った視線には威圧感があり、俺は怖気づいて触れるのをやめてしまう。
(兵長が俺に寄り掛かるだなんてレアな状況で触れないとか……生殺しだろ畜生!)
むず痒い気持ちを落ち着けようと、背中の肉をひねりあげる。きつい痛みは理性を何とか崩壊寸前で止め、額に冷や汗を滲ませた。俺の苦労を知っているのかいないのか、兵長は無言でうなだれている。力の込められていない両腕が、だらりとシーツの上に放られていた。
——何か、あったんですか。
問いかけてみたい衝動に駆られる。しかし兵長のことだ、俺のような新米が心配をしたところで「エレン……俺はテメェに心配される程落ちぶれちゃいないつもりなんだが?」と青筋を浮かべて俺の鳩尾に一発くれてやることだろう。恋人として労わるべきか、部下として命令に従うべきか。俺の脳内では二つの意見がぐるぐると踊っていた。
「人の鼓動っつーのは、いいもんだな」
「え?」
「生きてるってことがすぐわかる」
兵長はどこか上の空のように言うと、静かに目を閉じた。眠いのかと思ったがそうではなく、ただ俺の心臓の音を聞いているだけらしい。
珍しく無防備な姿にまた手を伸ばしたくなったが、背中の肉をひねりあげて以下略。もやもやとした思いを晴らそうと視線をめぐらせたけど、目の前の兵長が気になって、どうにもならなかった。
そうしてしばらく俺の鼓動に耳を澄ませていた兵長は、乾いた唇をわずかに歪めた。歪んだ口元はまるで嬉しそうに笑んでいるようにも見えたし、嘲笑を刻んでいるようにも見える。クッ、とその笑いに合わせて兵長の白い喉が上下した。
「……もしも今、お前が抱きしめたら——さぞかし心地いいんだろうな。鼓動しか聞こえなくて、ガキだからあったけえしよ。そのまま寝ちまいそうだ」
「あっ、えっと……抱きしめていいなら、俺、喜んで抱きしめますけど」
「抱きしめんな」
静かに、だがはっきりと俺に伝わるように兵長は言った。あからさまな拒絶の言葉に俺は少しだけ傷つく。喉の奥が絞られたみたいに潰されてしまった。(どうしよう、謝らないと)心中では理解できているのに、言葉は出てきてくれない。
兵長はそこで初めて俺の方を一瞥した。鈍い光を宿す金色が俺を移し、揺れる。わずかに見開かれたその様子に俺は死んでしまいそうなほどの喜びを覚えた。兵長の瞳に俺が映っている。ただ、それだけなんだけど。
「なんで、」
ひどく掠れた声だな、と他人事のように思いながら、俺は兵長の鼻先へと顔を近づける。キスするには俺の口内は乾ききっていた。からからの舌でようやく紡いだ言葉すら未熟なもので、この人にちゃんと届いているのか不安になる。
抱きしめないように、触れないように。爪先まで注意を払いながら、兵長に触れるか触れないかギリギリのところをゆるく腕で囲った。空気を抱きしめているのは妙な感触で、つい笑ってしまいそうだ。そのまま笑い死ねたらよかったのに、なんて考える。
「……これが、幸せだなんて思ったら」
兵長が呟く。
俺は応えない。その声は凛とした強さを孕んでいるから、俺が横槍を入れたところでこの人の気持ちは変えられないのだ。この人が決めているルールを侵さないよう、俺は唇を噛み締めて耐える。
「俺は——戻りたくなくなる」
眉間にぎゅっと皺を寄せたまま。気だるげに溜め息をついて、気まぐれのように言の葉を俺に与える。
短い黒髪は乾き始めていた。兵長の体温はすっかり冷め切っていて、いつものような冷たさが胸を覆っている。(ああ、もう終わりか)落胆めいた感情を吐露することのないまま、俺はゆるゆると腕を下ろした。だが俺の落胆振りはこの人には筒抜けらしく、呆れたような表情で見上げられる。
「なあ、エレンよ」
「…………はい」
「俺は幸せになんて、なりたくねェんだ」
兵長はそう密やかに笑みを零すと、初めて俺へと指先を伸ばした。
冷え切った爪先に触れた瞬間、何もかもが元に戻ってしまったような気がした。
■グリーンの指標(それは平行線に似ている)
「幸せにのうのうともたれかかって生きていくなんて考えただけでおぞましくて吐き気がする」
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エレ(→)←←リですわすわ
たくさんの犠牲の上に自分の幸せが成り立っちゃってるとか考えたらまじ激おこぷんぷん丸な兵長とお願いだから幸せを掴んで欲しいエレンさんのお話