BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: 【色々】 トロイメライの墜落 【短編】 ( No.692 )
日時: 2013/07/14 01:57
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: U3CBWc3a)

「ランラン」ってお前はまるで大事なペットに呼びかけるみたいに俺のあだ名を口にする。栗色のふわふわとした髪の毛は赤ん坊の毛に似て柔らかい。整えられた指をこちらに広げ、おいでよ、とおかしそうにくすくすと笑みを零した。ファンだけじゃなく、後輩や同性にも愛されるその優しげな笑顔。ぞわりと寒気がした。気持ち悪い。笑うお前が、ただただ気持ち悪くて、見たくなかった。
 お前が去年の冬に、ふわふわで気持ちよさそうだからって買ったソファー。ソファーに背を預けているお前を襟首をぐいと難なく持ち上げ、引き寄せる。一瞬の出来事に対応できず、お前はくっと喉元を引きつらせた。しかし俺は構わず、重い右拳を思い切り殴りぬいた。

 ——バチ、と、やけに重くて鈍くて、たいして響かない。徹夜疲れとストレスでくたくたの体は、目の前のお前を気持ちよく殴れるほどの威力さえなかったようだ。

 ソファーの前で殴ってやった、そしてたいした力はこめられていなかったので、お前は別に足元に吹っ飛んでいくこともない。ぼすんと殴られた衝撃はお前の大好きなソファーに吸い込まれ、お前自身も唇の端を切っただけだ。アイドルにしちゃあ唇が切れるのも問題があると思うが、今は気にしない。何か言われたらその時だ。

「ったた……はは、痛いよー、ランラン」
「……だから、そんな風に笑うなっつってんだろ、ぶち殺すぞ」
「わーお。ほんとにぶち殺されそうな目つきしちゃってるよランラーン? 視線で殺せるってこういうときのことかな?」

 俺の注意が耳に入っているのかいないのか、またお前はあはあはと乾いた唇を開閉させる。その拍子にぴりぴりと唇の皮は切れ、殴られた頬は熱く腫れていくというのに。痛みすらも無視したその笑顔には、気持ち悪さを通り越してもはや恐怖すら感じた。
 にやけている馬鹿面、と言えど目の下には濃い隈がくっきりと存在しているし、顔全体に血の気がない。髪の毛もなんだかぱさついているような気がする。目の焦点はさっきから照明ばかりを向いて俺と視線が合うことは少ない。疲れているのだ。空元気だけで、笑ってばかりいる。


「なあ、嶺、」


 ——なんで、お前はそうやって笑ってられんだよ。
 二週間前、お前の母親は長い闘病の末に死んだはずだろう。父親は先週この不景気のせいで首を吊って死んだだろう。妹は見ず知らずの男たちに暴行を受けて自殺未遂を図ったと一昨日俺に話しただろう。昨日にはお前は家にストーカーに侵入されてすべての個人情報を持っていかれたとニュースで報道していた。今日はライブでキ××イの女にナイフで刺されかけたじゃねぇか。二時間前にはお前の後輩の一ノ瀬が交通事故に遭ったってことを耳にしただろう。それなのに、それなのになんで、なんでお前は。


 言いたいことは山ほどあって、だがそれは頭の奥でただ鈍痛として残るだけで、うまく言葉になってくれない。世の中の理不尽さとお前の綺麗な笑顔が瞼の裏で瞬いて、まぶしくて眩しくてしょうがない。
 だから俺は、精一杯の怒りを拳に乗せ、今度こそ、全体重を右拳に預け、





「……ッふざけんじゃねーぞテメェ!!」












■(ああ、だから愛してくれと言ったじゃない)







 鼻からみっともなく血を溢れさせながら、それでも狂ったようにこいつは笑うし、狂ったように俺は怒る。怒りで目の前が真っ赤に染まりながら、俺は脳のどこか冷めたところで静かに泣いていた。誰か止めてくれ、誰か、こいつと俺に涙をくれ。













***
全部捏造です

パソ新しくなったのでトリップ違うかもです