BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: 【色々】 トロイメライの墜落 【短編】 ( No.700 )
- 日時: 2013/07/18 22:13
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: vmYCeH12)
- プロフ: キス表現ぽいぽい!!!!ぽい!!!
伸ばしかけた僕の指先に触れないように、黄瀬君はそっと自身の両手を前へと突き出して牽制をした。これ以上近づくな、という意味を孕んだ挙動に僕は停止する。いつもなら「君はいつも僕が近づくなと言っても近づくでしょう」と上手く言いくるめて近づくのだけれど、今日は違った。
彼が珍しく淡い唇をぎゅっと噛み締めて、もう耐え切れないというように苦しげに視線を逸らしていたから。さすがの僕もその場で一度立ち止まるしかなくなった。「どうしてですか」と小さく問いかけてみるも、彼は真っ赤な顔のまま黙り込んでいる。向こうは話すつもりがないようだし、埒があかない。溜め息をつきたいのを堪え、「どうしてですか」と先ほどより強めの口調で問いかけた。
「どうして、僕を拒むんですか。君はいつも僕に好きだの愛してるだのと飛びついてくるでしょう、なのにどうして僕が近づくと君は逃げてしまうんですか。そういう態度だと、僕も少しは傷つきます」
「……だ、だって、死んじゃうっスよ」
「死にゃしませんよ」
「いやいやいや! 絶対死ぬって!」
ぶんぶんと首を大げさに振り明らかな拒絶を示す黄瀬君。久方ぶり(といってもほんの数分だけれど)に視線が合い、僕も少々安堵する。嫌われたかと思っていた、なんて本人にはとてもいえない。
黄瀬君は相当に動揺しているみたいで、額に汗が浮かんでいた。片手をぎゅっと胸の前で握り締めて、苦しげに肩で息をしている。大丈夫ですか、なんて触れることも今の僕には叶わない。
——だって。僕が触れたら、彼は。
「俺、死んじゃうんスよぉ。言ったでしょ。俺は昔から、そういう純粋な恋心って奴が無理だって! 触れてもない今ですらこんなに心臓がばくばくして痛いのに、キ、キスなんてしたら……きっと死んじゃうス! 心臓が耐え切れなくなるっ」
「それは君の考えすぎです。……僕は君にとって、軽い気持ちで『好き』や『愛してる』を言える人間なんでしょう? じゃあ、良いじゃないですか。どうでも良い人間にキスされても、死ぬなんてことないでしょうに」
「だっ、だから……! 黒子っちのことがほんとに好きだから、俺は死んじゃうって言ってんのに……」
少し意地悪な問い方をしてみれば、それだけで彼の双眸はぎゅっと窄まった。そしてうるうると鮮やかな金の瞳の表面は濡れ、蜂蜜のような雫が溢れてしまいそうになる。泣き顔も美しいのだから、困った人だ。
僕は呆れたような素振りを見せるために、あえて小さく肩を竦めた。
「じゃあ、こうしましょう」
「————、えッ」
さっ、と素早い動きで僕は黄瀬君の片腕をぎゅっと握り、ぐいっと力任せにこちらへと引っ張った。唐突な僕の行動に対処出来なかった黄瀬君は、呆気なく僕の方へと身体を倒れこませる。
ひ弱な僕でも君をこうして抱きとめることは出来るんですよ、黄瀬君。そんなことを伝えたくて、わざと顔を近づけてやった。
数秒で黄瀬君は現在の状況を把握すると、さらに顔が茹ダコのようになった。紅の乗った頬にそろりと指先を這わせる。熱い。どれだけ緊張しているんだ、と感心すると同時に、これなら死ぬという話も本当かもしれないと納得しかけた。
(……まぁ、納得しかけた、だけですけど)
どきん、どきん。黄瀬君の頬から僕の指先へと、どちらのものか分からない鼓動が伝わってくる。どこか心地よいその拍動は僕の脳裏を熱く焼いた。火傷のようにじくじくと熱く、熱過ぎる故に痛い。
お互いの吐息がかかるほどの至近距離。動揺して何も言えずにいる黄瀬君に、僕は淡々と呟いた。
「君と僕がこれからキスをするとして、君がそれで死んでしまうなら。キスした瞬間、僕の酸素を思い切り奪ってください」
「え、あの、くろこっ」
「そうしたら、一緒に死ねるでしょう。寂しくも、ない」
言い切った瞬間、僕は軽く目を閉じて黄瀬君の頭を思い切り引き寄せた。黄瀬君はまだもごもごと何か反論しようとしたみたいだけど、唇が合わさると黙らざるを得なくなったようで、静かになった。
ふにゅ、と柔らかい感触はきっと彼のものだった。だって僕はリップクリームなんてしないから。かさついたそれを彼はどう感じたのだろうか。唇の温度は思ったよりずっと生温く、ぬるさのおかげでようやく僕は沸騰しそうだった脳内を落ち着けることが出来た。
(……あ、死んでない)
薄っすらと目を開けてみると、顔はやはり真っ赤なままの黄瀬君が、ぎゅっと目を瞑っているのがわかった。
キスなんて女の子と何度もしたことがあるだろうに、初心な人。いっぱいいっぱいな表情がたまらなく可笑しくて、つい笑ってしまいそうになった。
どうやら彼は僕とのキスで死んでいないようだし、僕も彼に酸素を奪われずにいるらしい。こうして黄瀬君と唇を重ねているのがその証拠だ。
「くろこ、っち」
先に離れたのは黄瀬君の方だった。何か危険を察知したみたいに、後ろに急に飛び退いた。僕は彼の頭を抱え込むようにしたので、両手が弾き飛ばされるような感覚を味わう。
ちょっと、痛いじゃないですか。不満を呟くつもりで彼に視線を向けてみたのだけれど、僕は何もいえなかった。
なぜなら黄瀬君が——先ほどのキスの余韻を確かめるように、そのベビーピンクの唇を指で触りながら。僕が言うより早く、言葉を零してしまったから。
「……俺、今度は幸せで死んじゃうかもしれない……」
■君とのキスは、いのちがけ。
それは僕も一緒ですよ——なんて言えるほど、僕もポーカーフェイスを保っていられないわけでして。
***
あっまい!!!!!(爆笑)