BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: 【色々】 トロイメライの墜落 【短編】 ( No.705 )
- 日時: 2013/07/30 00:42
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: vmYCeH12)
両腕を失ってしまった僕のことを、ロスはしんとした赤い眼で見つめていた。腰から下もすっかり消えてしまっているので、背中の力だけで何とか向き合う。わずかに首を傾けると、じゃり、とまた身体が崩れていく音を聞いた。
テーブルの上に散らばった真っ白い粉からはぷんと人工的な甘い香りがしていて、とてもじゃないけど長時間嗅いでいようと思う気にはなれない。
「……やっぱ、甘ったるいですね」
ぼやいたロスの言葉には、深い意味がこめられているのだろうか。アルバという一人の人間を構成していたこの砂糖の塊が甘いということか、もしくは今まで僕が勇者として行ってきたことに対する皮肉か。
どちらにせよ、ロスの眉間にある深い皺が薄れる訳でもないので、へらりと曖昧に笑ってこの場を濁した。
「ほら、またそうやって笑うんですよ、貴方は」
間髪いれず、そう冷たく言われる。そんな風に言ってみても、口元には砂糖がついているんだから、格好つかないぞ。おどけた調子でとぼけてみるも、ロスはすごく渋い顔をして黙りこくってしまった。ルビーみたいな目の奥底に、哀れみのような、悲しみのような、形容し難い感情が広がっている。真っすぐな瞳をずっと見ていると吸い込まれてしまいそうで、何も気付いていない振りをし、視線を逃した。テーブルの上にある紅茶のカップを注意深く見ているかのように、道化を気取る。
カップからは紅茶が溶かしきれないほどの砂糖の塊が溢れ出ている。茶色が滲んだ砂糖の欠片たちはどう考えてたって普通の人間が平気な顔で食べていられそうな量じゃない。それでも、この僕の両腕と下半身の分の砂糖は眼前の少年の胃の中に収められているのだから、本当にびっくりだ。糖尿病になるんじゃないかと、病気にかかってしまったら嫌だなぁ、と薄っすらと考える。
「……貴方はいつだって、そうやって、馬鹿みたいに逃げるんだ」
砂糖が付着した唇はやっぱり本人の瞳の色みたいに真っ赤に色づいていて、それが砂糖とのコントラストをさらに引き出していて、魅力的だった。どこまでも真っ直ぐな眼差しは僕を捉えたまま離さない。
大量の糖分を摂取したので、辛党の彼にしてみれば今すぐ吐いてしまいたい気持ちだろう。しかしロスは顔をしかめているのみで、気持ち悪いだの吐き出したいだの弱音を吐くこともなく、ただ僕へ言葉を吐く。
「本当は誰よりも助けてほしいはずなのに、誰よりも救いを望んでいるのに。それなのに、貴方は勇者なんて立ち位置に縛られているふりをして、みんなを助けてしまう。本当に甘い人だ——爪先まで、甘過ぎる」
濃い紅の双眸はくしゃりと歪んで、うっすらと涙のヴェールを纏う。「泣くの?」ふいにそんな疑問が口をついて出てきた。「泣いちゃえばいいよ」追うようにして、言葉が続いた。「そうしたら、お前も楽になれるよ」さらさらという崩壊の音を耳にしながら、僕はほほ笑む。
「……泣きませんよ」
ロスは砂糖にまみれた指先で、ぐいと眼を拭った。どこか自分を嘲るような笑みに僕の胸の奥はざくざくと音をたてて溶けていく。そんな笑顔を見たいわけじゃないんだ、と誰にともなく言い訳をしてしまう。紅茶にあふれている僕の下半身はとっくに砂のようになっていて、目の前のロスを抱きしめるための両足にはなれない。
ロスの頬には僕の右足だったはずの一部がこびりついていた。細かい粒子はぷんと毒のような香りを放ったままだ。溶けないし、消えない。
「俺が泣いたら、泣く貴方を抱きしめる人はどこに居てくれるっていうんですか、勇者さん」
じわり、じわりと。その声は、さらさらという砂糖の音と共に僕の両耳の奥に木霊し、消えてくれなかった。それこそ角砂糖を五つも入れた紅茶みたいに————やけに甘ったるく、そして苦々しく残った。
■甘さに溺れて死んだらいいさ/誰も助けてくれないのだから
(誰かに求められるたびに、指先から僕という自身が溶けて消えて、咀嚼されていく。なぁ、僕はどれだけ自分の気持ちを溶かしてしまえばいいんだ。いつまで誰かの願いに飽和されていけばいいんだ。そんな僕をお前は愛してくれるというのか。僕の我儘も願いもすべてこの涙に溶かしてくれるというのか、)
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捏造ですよ