BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: 【色々】 トロイメライの墜落 【短編】 ( No.709 )
- 日時: 2013/08/10 17:26
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: vmYCeH12)
気だるい夏の昼下がりにはあまりにも不釣合いな真琴の飄飄とした笑みが気に食わない。額には薄ら汗で前髪が張り付いてるのにそれを拭おうともしない姿は、どこか狂人めいているような気がするのだ。
暑さを感じているくせにそれを言葉に変えようともしない。それどころか涼しげに俺に笑ってきやがる。気持ち悪い。こっち見んな。舌打ちにそんな思いを込めてみたが、目の前の阿呆は俺からの悪意など意に介さない様子でのんびりと口を開く。
「凛、凛はいったい何に怒ってるの?」
「怒ってねーよ」
「嘘。じゃあなんで俺たちにそんな冷たい態度とるの? それってつまり、俺たちに対して嫌な感情を抱いてるってことだろ」
「思い込みも程々にしろよ真琴。お前が思ってるほど、俺はお前を気にしちゃいない」
「俺たちを避けてるじゃないか、明らかに」
きょとんとしたその阿呆面に吐き気を覚える。思わず嫌な顔をしてしまうと、真琴は余計にわけがわからないというように不思議そうな顔をした。百八十センチぐらいの男が首を傾げたって可愛くもねぇ。首を傾げたときに喉仏に伝った汗をぼんやりと眺める。
(……「俺たち」、ねぇ……)
さっきから、その単語が耳の裏をくすぐる。それもただくすぐるというよりは、ちくちくと小さなとげを孕んで俺の嫌悪感を刺激するようだ。聞かされているこちらとしては、イライラした気持ちしか残らない。
(結局、不愉快なんだよな)
俺は真琴と一対一で会話しているはずなのに、真琴はこうして俺の高校まで来て、夏休み中のくせに、補習帰りの俺を後をわざわざ追ってきたというのに。そうして俺と二人っきりで話せる状況を作ったというのに。
それなのに、いつものように「あいつら」をこの場に入れてくる真琴が、心底気に入らないわけだ。とどのつまり。俺は。
お前が俺と二人きりの世界にいてくれないことを、怒っている。
ぱたぱた、と音がした。俺の頬から顎を伝い、汗の滴が地面にたたきつけられた音だった。
体中にシャワーでも浴びたんじゃねーかってぐらいの量の汗をかいている。じっとりと湿ったスラックスは明日もまた履かなければならなかったから少々辟易する。ああ、コインランドリーにでも行こうか。高く登っている太陽の下、息をつく。
(あつい)
今更のことのようにつぶやくと、その言葉の意味の無さになんだか笑えてきた。くすくすと笑みを零すと、長い間俺の返答を待っていた真琴が「凛?」と不安そうに声を洩らした。それだけ不安そうな表情をしていても、きっとその深緑の瞳に俺なんて映ってはいないんだろう。真琴はいつだって、あの濃紺の輝きしか求めていない。
考えれば考えるほど愉快な気持ちが迫ってきて、だけど胸にこみ上げてくるのは今にも泣いてしまいたいような悲しみだったから、俺は喉だけで笑う。引きつるような、嗚咽のような笑みが足元で散らばり、汗みたいにはじけた。
涙みたいだ、と頬を伝う汗を感じて思う。ばらばらと零れていく笑みも、この汗も、すべてが道化じみたものに見えた。笑えないはずなのに笑い、こんなにも暑さを感じる必要もないのに汗を流し。真琴につっけんどんな態度をとる意味なんてないのに、こうして突っぱねて。
——わけわかんねぇ。
意味不明。その四文字が、俺の視界を埋め尽くしていて、アスファルトと空の境界を曖昧に浮きだたせる。高校に隣接された小学校の、真新しいプール。そこから聞こえる子供たちの小さな賑わいが鼓膜を揺らした。
「……昔」
「え?」
「昔、本当にたまたまだったけど、俺と遥が同時に足を攣ったことがあった、よな」
「あぁ…………あんまり覚えてないけど、たしかそんなことあったね。学校のプール、でだっけ?」
「あの時お前、俺と遥——どっちを助けた?」
問いかけた瞬間。
今までの笑みが嘘のように、真琴の顔が————さっと青ざめたのを俺は見た。
ホラービデオを見たときのような、恐怖に彩られた表情。いや、それよりも深い絶望の色も含んでいる。無理やりトラウマをこじ開けた、みたいなその顔。泣きそうにも、怒り出しそうにもみえる。
じわりと指先から血液が失われていく。指先が冷たくなっていくのに空気ばかりがぬるくて気持ち悪い。蝉の声が何重にも響いて眩暈がしそうだ。黄色い太陽だけが俺の頭上で顔色を変えずに輝いていた。
「……なあ、真琴」
ようやく、理由が出来た気がした。
そのことに安堵感を覚えながら、俺は汗に濡れた前髪を掻き上げた。その拍子にまた汗が落ちるかと思ったが、冷え切った体からはそれ以上汗が出てこないようで、湿った感触だけが手のひらを覆う。
真琴の深緑の眼。俺の大好きだった、でも一生手に入らないであろうあの瞳。
絶望に染まったその瞳を前にし、俺は柔らかく言い放つ。
「だってお前は、あのとき、」
■愛してくれなかったじゃないか。
失ってから、お前はようやく俺を見てくれるようになったけど。でもあの時の俺が望んでいたのは、そうじゃないだろ。
お前が愛してくれなかった、あの時の俺が望んでいたのは。
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いま欲しいのは、それじゃあないんだよ