BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- ■幼さを噛みしめる ( No.712 )
- 日時: 2013/08/06 15:02
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: vmYCeH12)
おかあさん。おかあさん。
たどたどしく母を呼ぶ記憶の中の私は、いつだって泣いている。
***
保育所も幼稚園も小学校も中学校の参観日も、運動会も、文化祭も。両親がずっと最後までいてくれたことはない。半分いたらまだいい方で、来れない時の方が多くあった。理由は簡単だ。私の両親はどちらも先生だから。自分の子どもの参観日だからと毎回授業をほっぽりだすなど、出来るわけがなかったのだ。休めばクラスの何十人の生徒たちが困るし、その穴を埋める他の先生たちも困る。特にうちの両親は私が小さかった頃が最も忙しい時期だったため、休日もよく働きに出ていた。
両親の代わりに、私には祖父母がいた。祖父母はとても優しく、時に厳しく私たちを指導してくれた。参観日も、母の代わりに五回に一回は見に来てくれたものだ。
しかし、後の四回は。誰も、来てくれなかった。来てくれなかった、というよりも、私自身が両親や祖父母が来ないように画策していたという方が正しい。
「ごめんね、明日の参観日行けんのよ」
「わかってるって。大丈夫、別にふつうの授業だし、一人でいける」
「その日はちょうどこっちの学校でも運動会が入ってて」
「大丈夫だって、どうせまた誰かのお母さんがビデオかなんか撮ってくれてるだろうし。あとでそれ借りて家で見てや」
いろんな理由が小さな私の周りにあふれていた。行事ごとが終わり、両親が「どうだった?」と申し訳なさそうに聞いてくる時も。「完璧だったよ」「他の人の親も来てなかったから、別に平気だった」「すぐ終わったし、来ても楽しくなかったと思うよ」——馬鹿みたいなことを理由にした。
母親は今でも、そんな幼い私を「いい子だった」と褒めそやす。
「アンタは我儘も言わないし、ちゃんということもきく子だからよかった。お母さんたちは全く手がかからなかった。兄ちゃんみたいに問題も起こさなかったし、お母さんは鼻が高かった!」
瞳の中に映る世界は、いつだって私にとっては不可解なものだ。
本音を言うことが正しいのなら、本音を零さずに嘘ばかり吐いて高校生になった私のこの現状は間違っているのだろうか。欲しいものを得ようと頑張ることが正しいのなら、欲しいものから手を離しうまくいく私の考え方はおかしいのだろうか。……そんなことを考える度に、私は形の無い何かからぐいぐいと責められているような気がして、胃を痛める。
どうすればよかったのか。明日使う教材を準備する母の腕を掴み、お願いだから参観日に来てと駄々をこねたらよかったのか。それとも、みっともなくえんえんと泣き喚き祖父母を困らせたらよかったのか。
それが正しいと、彼らが言うのなら。
今さら——みっともなく、小さな本音を零してみても、許されるのだろうか。
「……もっとちゃんと、私を愛して欲しかった」
口に出すと、その本音は水分を失ったクッキーみたいにぱさついていた。