BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: 【色々】 トロイメライの墜落 【短編】 ( No.714 )
日時: 2013/08/12 01:39
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: vmYCeH12)






"じゃんけんで、負けて蛍に生まれたの"


 穏やかな日差しが差し込む昼の教室、ぼんやりと教科書を眺めていた私に、その俳句はすとんと胸の奥に落ちていった。








///




「……でね。その俳句が、妙に頭に残ってるの!」
「それは池田澄子さんの句ですね」

 読書家のテツ君はバニラシェイクを片手にうんうんとうなずく。すぐに俳句を詠んだ人を思い出せるのが、テツ君らしいというかなんというか。青峰君だったら「つまんねー話すんな!」なんてそっぽ向きそうだもん。
 放課後。テツ君と会う約束をしていた私は、せっかくなので未だ胸の奥に残っているこの俳句について話をしようと、集合場所であるマジバへと足を運んだ。テツ君はやっぱり大好物であるバニラシェイクを飲んで、私よりも先について待っていた。そういうところが紳士的でかっこいいのよね、と店内に入る前に顔がにやけてしまったのはいつものことだ。

「たしかに少し切ない印象が残る句ですよね。まるで誰かに語り掛けるような、もしくは独り言をぽつりと呟くような……誰かと話しているのか否か、という点から見ても面白いと思います。また、なぜ蛍だけに対象を絞っているのか、っていうのも不思議に思います」
「さ、さすがテツ君! 青峰君とは考える内容の深みが違うよねっ」
「青峰君のことはあんまり言ってあげないでください。彼はああ見えてフランダースの犬のラストで一時間泣けるほどの純情さを持ってるんですから」

 くすりと口元に笑みを零すテツ君。大人っぽくて、そしてクールでかっこいい。試合の時とは違う、落ち着いた雰囲気が一緒にいてとても心安らぐ。どこかのガングロバスケ馬鹿とは全然違うんだから!
 テツ君の笑顔に平気じゃいられなくなって、どう言葉を返そうかあたふたしている私の前に、店員さんが現れる。頼んでいたアイスティーが置かれ、無料のスマイルを送られた。

「ごゆっくりどうぞ」
「あっ、はい……」

 店員さんの介入のせいか、テツ君と私の間に妙な沈黙が下りてしまう。せっかく頼んだのだから、とアイスティーに手を伸ばした。アイスティーは氷の量が多すぎて、やけに水っぽい味がする。
 私がアイスティーを口に含んだ辺りで、テツ君が「そういえば」と声をあげた。どう続けようか悩んでいた私にとっては、テツ君の助け船がすごくありがたい。

「桃井さんは何で、この俳句が胸に残ったんですか?」
「んー……っと……なんとなく、なんだけどね。悲しい気持ちになる俳句だなー、って」
「悲しい?」
「うん。じゃんけんで負けたからって、みんなとは違う姿になっちゃうのって、なんだか悲しいと思ったの。これを詠んだ子だって、ほんとはみんなと同じものに生まれたかったはずじゃない? なのに、じゃんけんに負けたからって……一人だけ蛍だなんて、可哀想だよ」

 コップを持つ手にぎゅう、と力をこめる。指先が結露した滴で濡れるけど、気にはならない。



 可哀想という言葉は不似合かもしれない。
 不釣合いなら、ずるい、という言葉を使おう。
 ずるいよ。たった一度のじゃんけんで、たった一度きりの人生を変えられてしまうなんて。みんなと同じ人間になれなくて、一人だけ蛍として生きていくだなんて。
 だってこの子は、人間としてあなたたちと付き合いたかったんだよ。蛍になんてなりたくなかったんだよ。
 ——あなたと同じ目線で、立ち位置で、生きたかったんだよ。




「……たしかに、可哀想と思えるかもしれませんね」

 耳に響いてきたテツ君の声は、やさしさに満ちていた。言葉にならない何かで喉元をふさがれているようで、私は何も言えない。
彼のスカイブルーの瞳が柔らかな日差しを帯び光る様子を、ぼんやりとした表情で眺めていたように思う。

「でも、僕は蛍に生まれることは不幸だとは思いません。他のみんなと違う姿だからって、落ち込むのもなんだか違うような気がします。それに蛍ならいいじゃないですか? 自分の光をあれだけ他の人に喜んで見てもらえるんですから」
「そういう意味じゃ……」
「はい。きっと桃井さんが言いたいのは、そういうことじゃないんですよね」

 唇を尖らせる私を可笑しそうに見つめ、テツ君はシェイクを啜った。
 窓の外は嫌味なぐらい晴れ晴れとしている。この俳句を知った私の気持ちなんて考えもしないんだろうな。オレンジに色づいた太陽の光がまぶしい。
 テツ君は西日にわずかに目を細めて、私に語り掛ける。

「蛍のおかげで、僕たちが幸せでいられる——とは考えられないでしょうかね」
「テツ君たちが? なんで?」
「僕たちとは違う姿で生まれてきてくれた、その蛍さんのおかげで、僕たちがいつまでも明るい気持ちで生きていける、と。真っ暗闇の中でも、蛍のあの美しい光はいつまでも変わりませんからね。その光に救われてるんですよ。……僕も、彼らも」
「…………。そういう考え方、かぁ」
「はい。蛍の視点じゃなくて、そんな風に人間の視点から見てみると、この俳句の解釈も変わってくると思いませんか?」

 ね?
 小首を傾げるテツ君は、私が何を言いたいのか、何を思っていたのかをすべて見透かしてるようだ。その飄飄としたポーカーフェイスの下では、私の幼稚な考えを知っておかしそうにくすくすと笑っているのかも。
 ちょうど日差しが傾き、その拍子に鮮やかなオレンジ色がテツ君の美しい水色とまじりあい、形容し難いグラデーションを生み出した。大好きな人のとても綺麗な眼を前にした私は、少しむず痒いような気持ちになりながら小さく頷く。
 ……頷く私の頬が赤いのは、ぜんぶ夕日のせいなんだからね!











■私のイデアにキスをして!





「あぁ、それと」
「?」
「桃井さんはじゃんけんが強いので、来世辺りでは勝っちゃいそうですね。むしろじゃんけんが弱い黄瀬君が心配かもしれません」
「きーちゃんが女の子ってのも、見てみたいかも!」
「……二倍うるさくなるかもしれませんね」




****

負けても君は僕らの仲間さ、って黒子の野郎が言ってました