BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

■過食症兵長の話1 ( No.722 )
日時: 2013/08/20 14:24
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: vmYCeH12)





 兵長は過食症、というやつらしい。
 ようやくリヴァイ兵長という人物を理解し、そして彼の掃除のやり方がだんだんと体に慣れてきた頃のある日の夜。廊下でたまたま会ったハンジさんにこっそりと教えられた。カショクショー、カショクショー。最初聞いた時は、アルミンと違い学の無い俺にとって、その単語は舌の上で違和感を発していた。「過食症はね、簡単に言えばごはんを食べすぎるってことさ」ハンジさんの、それこそ子どもに対するような易しい説明で、ようやく俺の中で過食症という単語がしっくりときた。
「理由は大体はっきりしてるんだよ。でも本人は理解してない。今自分が口にしているものがどれ程の量か、ちゃんと把握できてないんだ。まぁ食べた後は必ず吐いているみたいだから、太り過ぎて君たちの英雄である人類最強がただの豚になることはない。ただし精神的には追い詰められると思うよ。過食症とはそういうもんだから。
……どれだけ食べても、きっとリヴァイは永遠に空腹のままだろうね。可哀想に」
 ちょうど夕食を運ぼうと厨房に向かっていた俺の両肩を掴んだ状態で、ハンジさんは行き詰った表情で、はぁと浅くため息をついた。
 研究が思うように進んでいないのか、疲れの色がみえる。疲れていても兵長のことを心配している辺り、この人も人間らしいところがあるのだと再確認する。
「リヴァイが食べすぎるのを止めてくれないか。……長年付き合ってきた私たちが言ったところでもうどうしようもないから。聞く耳を持たないんだよアイツは。こんなところで積み重ねた友情が発揮されるとは思ってなかった」
「……俺みたいな新兵が口出したら、余計に駄目になる気がするんですが。どうすんですか、切れられてまた蹴られたら……あんな痛い思い、戦闘時以外ではまっぴらごめんですよ」
「新兵なんかに言われるから効果があるのさ。自分よりみっともない奴に言われて、あのプライドの高いチビが黙ってるわけないだろう?」
 それはつまり、俺はハンジさんにとってみっともない奴だということだろうか——自覚はあるがあんまりな物言いにぐっと喉を詰まらせていると、ハンジさんはそれに気づいて快活に笑った。眼鏡の奥の瞳がきゅうと三日月の形になる。
 
「頼むよ、エレン三等兵?」

 口調は軽々しいというのに、含まれている威圧感は相当なもので、俺はしぶしぶ頷くことになった。



***



 ノックをすると、中から返事があった。不機嫌そうだなと一瞬入ることを躊躇ったがこれも下っ端の仕事だ、仕方がない。出来る限り真面目な声で「失礼します、エレン・イェーガーです」と名乗った。五人前、もしくは六人前はありそうな食事は、ドアを開けるだけで御盆から零れてしまいそうだ。
 兵長は机についていた。気難しそうな顔は相変わらずで、唯一緩められてある胸元だけが、ここが兵長の自室だということを感じさせる。
「食事を持ってきました」
「テーブルの上に置いてくれ。食器は後で俺が勝手に片付ける」
「わかりました」
 中央に置かれてある大きなテーブルに、持ってきた皿を順々に並べていく。パンやシチュー、サラダとメニュー自体は簡素なものだが、何しろ量が量だ。テーブルの上はすぐにいっぱいになる。
 並べ終えた俺が未だ部屋にいることを不思議に感じたのだろう。兵長の眉間の皺がより深く刻まれる。席に着き、パンを一つ手に取ったところで俺の方をきつく睨む。
「……他に用でもあるのか」
「ハンジさんが、兵長は過食症というやつだと」
「あの糞眼鏡……何でこう面倒なことばかりしやがる」
「俺が止めてこいと言われました」
「俺には無理でしたと報告してこい」
 あっさりと返されると、俺も言い返すことが無くなる。兵長がパンを口にし、丁寧な動作でナイフとフォークで肉を切り分けていくのを何気なしに眺めていた。あれだけ足癖は悪いくせに、食事の仕草などはまるで貴族みたいに美しい。
 サシャみたいにがつがつと貪るわけでもない、アルミンみたいにちまちまと食うわけでもない。やるべきことをやっているだけ、というような。目の前にある食べ物をただ片付けているだけのように見えるのは、兵長の顔色が一つも変わらないせいだろう。美味しいのかまずいのかも、見ている俺にはわからない。
「……兵長、俺、兵長がそうやって食いすぎる理由、何となくわかる気がするんです」
 フォークで刺した肉からソースが滴り落ちる。皿に点々とついたブラウンを一瞥もせず、その大きな塊を口に運ぶ。咀嚼しながらスプーンでシチューを掬い、もう片方の手はパンを握る。
 俺の言葉に兵長は応じない。食事、を続ける。
「今日運んできた六人分の食事は、この前死んだ兵長の班員の人たちと同じ数ですよね。昨日食べた八人分は、一週間前の壁外調査で死んだ人たちの分だ」
「……気にし過ぎだ」
「死人は口を利かない。そして、何も食べないんですよ、兵長」




■過食症兵長の話2 ( No.723 )
日時: 2013/08/20 14:28
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: vmYCeH12)


 大量に籠に入れてあったはずのパンはみるみるうちに無くなっていく。しんとした部屋に響く、微かに咀嚼する音が何だか寂しい。空になった皿を積み重ね、付け合わせのグラッセを口に運ぶ。グラッセを食べてしまえば、その皿は空となる。
 兵長の右手が食べるものを見つけようと彷徨う。ずい、と皿いっぱいの肉を差し出した。その瞬間、やっと兵長と俺の視線が交錯した。
「兵長は、それでも食べますか?」
「…………」
「食べても、それは兵長の栄養にしかならない。死んだやつらの弔いになんてならない。……それでも兵長は背負い続けるんですか?」
 鋭い眼差しが俺を貫く。ひぃ、と掠れた悲鳴は喉の奥に必死にしまう。その冷たさに俺は思わず土下座して謝りたくなった。(だけど駄目だ)
 ここで退いてしまえば、兵長は一生このままだ。背負い続けて、重荷を下ろすことを知らずに生きていく。
「俺は母さんが死んだ分、血反吐吐きながらでも生きていこうと思ってます。母さんの思いや願いは背負います。だけど、俺は俺として生きていきます。背負うだけでいいんですよ——背負うだけで、その人は救われる。その人の代わりとして生きていくのは、違う」
「それはテメェの思い込みだ。俺はただ……」
「じゃあなぜ吐くんですか? それって、兵長の体は食べることを望んでいないってことでしょう。ハンジさんからもう一つ聞きました。アンタは元々そんなにたくさん食べるやつじゃなかったって。むしろあまり食べない方で、エルヴィン団長たちが心配してたって」
「……戦った分、エネルギーを補給してるんだ。そのことを他人にうるさく言われたくねェな」
 兵長は、俺が差し出した皿に手をつけなかった。琥珀色の双眸でどこか遠くを見据え、微動だにしない。
 俺の話を聞いてないんじゃないか、なんて不安が胸を過る。聞いて貰えないと困る。(駄目なんですよ、今のアンタは)青ざめた頬、どこか虚ろな目。唇の色はとうに失われ、髪の毛の艶も悪い——憔悴し切っている姿。とても人類最強だと胸を張れるような姿ではない。

「兵長」

 俺の声が届く前に、フォークの先が、皿へと向いた。
 ソースでてらてらと光る銀色は、先ほどとは違い乱暴な手つきで肉塊に突き刺さる。その拍子に皿からはソースはぽたぽたと零れ落ちた。自分がこれから口に入れるであろうそれらを、兵長は汚物を見るような目で眺める。
 けして兵長は口にしたくないのに。今にもえずきそうなのに。胃の奥から響く死人たちの声が言うままに、″誰かが好きだったステーキ″を口に運ぶ。


「そんなんじゃ、いつか、アンタは、——」





 ——ごくん。
 嚥下の音と共に俺が聞いたのは、誰かが嬉しそうに笑う声だった。












***

ほんとは、兵長が死んだ人たちの好きなものばかり食べてるとか、エレンがちゃんと兵長止めたりとか泣かせたりとかそういうの考えてたけど面倒なんでもういいです(結論)
兵長の胃の中にはいつも押し潰されそうなほどの死者の思いでとか自分への責めとかがあって、それだけが兵長を突き動かしている感じです。兵長は自我を封じて他者の声を聴いてる、っていうイメージでかきました

どうでもいいけどささめは実はジャンとライナー押し