BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- ■夢でさえ会えない ( No.728 )
- 日時: 2013/09/01 01:06
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: 73BX/oE4)
寂しい夜だなぁ、と呟いたのは十束さんの方だった。ひとりカウンターでうたた寝をしていた俺は、その呟きによってやっと店内に俺と十束さん二人きりだということに気付いた。
——八田は、どこだ。
素直に聞くのは何だか癪に障って、ぼんやりと静かな店内を眺めていると「八田なら明日バイトで早いからってさっさと帰っちゃったよー」と薄く微笑まれる。……この人の、こういうところが苦手だ。何でも見透かして、悟ったような顔が特に苦手だ。
「そんな顔しないでよー。せっかくだし、仲良くしようよ!」
「……俺は別に、そういうつもりないんで」
「あ、何か勝負でもしたら絆が深まるかもね。どっちが多くかつ早く泣けるか、勝負しない?」
「しません」
「えー、面白いと思うんだけどなぁ。俺、伏見の泣き顔に興味あるよ?」
「知りませんよそんなこと……」
——何で置いて帰るんだよ八田の奴……!
にこやかに笑う十束さんから顔を背け、俺はあのちんちくりんな茶髪頭を脳裏に思い浮かべる。くそ、覚えてろよあいつ。明日の朝一番にイタ電をしてやる、と一人決意をした。
十束さんはあからさまに避けられているということを理解しているはずなのに「伏見は照れ屋だなぁ」とのんきに手元のカメラのレンズを拭いている。柔らかい布によって丁寧に磨かれると、汚れていたはずのレンズには再び新品のような輝きが取り戻された。その様子に満足げに目を細め、十束さんは何でもないような調子で話しかけてきた。
「ねえ、伏見。俺は思うんだけどさ。伏見は俺なんていなくても、泣かないだろうし、平然と生きていけるんじゃないかって」
「……さぁ。そんなの分かりませんよ」
「うん。だよねー」
「だよねー、って……」
「だからこそ、思うんだよね。俺なんていなくても、伏見は生きてて欲しいなって。生きて、生きて、生き抜いて欲しい」
その言葉には真剣なものが含まれているみたいで、俺は反応に困った。ちゃらんぽらんなこの人のことだ。もしかして俺の困惑した様子を内心面白がっているんじゃないか、なんて可能性も拭えなかったし。
俺が何もいえなかったので、必然的にお互いの間には気まずい沈黙が降りてしまった。意味もなく視線を壁時計の方へと流してみると「あぁ」と十束さんが声をあげた。
「後三時間ぐらいしたら、草薙さんも出勤してくると思うよ。その時間までの付き合いはよろしく、伏見」
「いえ、俺、帰ります」
「こんな深夜に帰ったら襲われちゃうかもしれないよ? 最近は、伏見も吠舞羅のメンバーとして顔を知られてるんだからさぁ」
「…………チッ」
「よしよし、そのまま座ってお兄さんと一緒にお喋りしてようか。夜更かしさせちゃう駄目なお兄さんだけど、朝日が昇るまで退屈はさせないよ! 伏見が思わず吹きだすような話題も盛りだくさんさ!」
そうしてバッ、と両手を広げ得意そうにこっちを向く十束さん。本当にこの人は俺より年上なんだろうか。何だかすごく疲れたような気がして、俺は溜め息をついた。
「せっかく二人きりなんだからさ、もっと腹を割って話そうよ伏見!」
「結構です」
「そう言わないでさー」
「……いいです。俺眠いんで、寝ます」
「えー」
不満の声をあげた十束さんをスルーし、カウンターにうつぶせる。毎日店主の手によって磨き上げられたカウンターは、ほんのりとお酒の香りがする。でもその香りは俺が知る野蛮な香りじゃなくて、まるで花のような甘い香りだから、不思議と不快な感情は湧いてこない。
心地よさに目を閉じていると、後頭部に温かさを感じた。「あの、撫でないで欲しいんすけど」「あはは。いーじゃんいーじゃん、誰だって目の前に頭があったら撫でたくなるよ!」「……意味わかりません」きっと十束さんは楽しそうに笑っているんだろうな、と真っ暗な視界の中で想像した。
「うんうん、伏見は大丈夫そうだ!」
「俺、寝たいんですけど」
「知ってる。いいよ、俺の声は子守唄程度に感じてて」
言いながら、優しく頭を撫でられる 寝てもいい、と許可が出たので(まぁ許可が無くても最初から不貞寝してやるつもりだったけども)、うつ伏せの姿勢を維持する。
十束さんは体温が高いのだ、ということをそこで知った。昨夜も遅くまで起きていたせいで、瞼が重い。十束さんの手の温度はちょうど良く、そして言葉通りに声は子守唄のように安らかに聞こえた。
「……伏見の見てるものを俺は同じように見れない。それでもね、伏見の世界の好きなものを、同じように好きになりたいとは思うんだ」
俺は答えずに、すぅと息を吸い込む。このまま狸寝入りしてしまおうと思っていた。
十束さんは変わらず、落ち着いた声色で語り続ける。
「伏見の世界には、きっと八田しかいないんだろうね。それでもさ、俺はお前の世界を見てみたいよ。俺はさすがに八田のことを、というか、一人だけをそんな風に——自分を追い詰めちゃえるほどは愛せないけどさ」
——別に、追い詰めちゃいないです。
反論したくなるのをぐっとこらえ、くぅくぅと吐息をたてている風を装う。俺の髪の毛を指で梳いて、十束さんが小さく笑ったように聞こえた。
「伏見の世界は、どんな色をしてるんだろうね」
その言葉を最後にして、十束さんはひっそりと黙り込んでしまった。しんと静まり返った店内には秒針の進む音ばかりが響く。十束さんは何をしているんだろう。
薄らと瞼を開けてみると、彼の透き通るような蜂蜜色の髪の毛が見えた。寝てはいないようだ。
(……俺の世界なんて、アンタが理解する必要もないのにな)
寝たふりをしているのはとっくにバレているはずだ。それなのに、何も言わず俺の頭を撫で続ける十束さんのことを思い、俺は瞼を閉じた。
髪を梳く指先は、やはり温かい。
***
あんまり意味はない多猿
好きな子の世界を理解したいけど、同じものを全部同じように感じることは出来ないって十束さんは知ってると思うよ。猿は自分の世界は知ってほしくもないし理解する価値もないようなものだと自負してるから、理解しようとする十束さんに見せたくはないと思うよ