BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

■トロイメライの墜落1 ( No.731 )
日時: 2013/09/05 01:04
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: 73BX/oE4)







/sideH:ゆめみる青年


 夢を見ていないと言われたら嘘になる。
 夜眠りについている時、俺はいつもどこか深い水の底で泳いでいる夢を見ている。
 どこまでも果てのない水の世界には現実のように束縛なんてない。酸素を得なければ泳げない、なんて現実の理屈は適用されないから、わざわざ息継ぎのために水面まで上がっていく必要もない。水と触れ合っていたい俺の欲望だけを満たす夢だ。夢なのにちゃんと水の質感というか、身体に受ける抵抗などはきちんと感じられるからすごい。単一の色合いではなく、ところどころ濃くなっていたり、また光によって明るくきらめいたりしているから、見ていて飽きることもない。俺は自身の夢に満足している。夢の中だとはいえ、自由に泳げるということは素晴らしい。
 ただ一つ、この夢に疑問点を挙げるのならば。水中だから香りなんてするはずがないのに——あのプール特有の、慣れ親しんだ塩素の香りがすることだろうか。じりじりと日が照るプールサイドも、地面に書かれた白と赤のラインも存在していないのにも関わらず、だ。塩素の香りがするということは、あの水の世界はプールの中だということだろうか、と俺は想像したことがある。
 その夜、またあの世界を泳ぎながら、プールサイドや白と赤のラインをしっかり探してみた。しかし、そこがプールだと確信できるようなものは見当たらなかった。そもそも、あの世界には底がなかった。どれだけ下へ下へと潜ってみても、周囲の景色が暗くなっていくだけで、俺の指先が何かに触れることなどなかったのだ。

(あの夢は、一体なんなんだ)

 今日も今日とて、自宅の水槽に水を溜め、そこに体を沈めながら、ぼんやりとあの夢を思う。別に夢の中の出来事なんて気にするだけ無駄だと思うのだが、俺にはあの水底への興味があった。夢の中の世界なのに、なぜか既視感を覚える、懐かしい場所。頭のてっぺんから足のつま先まで包み込む冷たさは、けして現実では得られないだろう。せっかくなら、あの世界がどういうものかを知った上で、気持ちよく泳ぎたい。
 珍しくも積極的に物事を考えている自分に少々驚きながら、俺は浴槽の中で小さく身じろぎをした。もう秋は間近に迫っているようだ、水は冷たい。











/sideR:夢見る青年


 夢を見ていた、というのは否定しない。あの頃の俺は夢を見ていた。いつかあの四人——真琴と、渚と、そしてハル——で、みんなで楽しくずっと泳いでいられるんだと。そんな、曖昧で優しい夢。現実的に考えてそれは無理な話だ。大学受験や就職など、将来のことを考えてみたら、ただ楽しく泳いでいられるはずがない。いつかは俺らは現実と向き合い、あの水の世界とはさよならする季節がやってくるのだ。そしてお互いのことで手いっぱいになり、アイツらとも疎遠になる日が、きっとくる。
 「僕たち、一生友達だね!」なんて渚は笑ってたが、今となってはあんな言葉は苦笑の種にしかならない。何が一生だ、結局お前らと俺はこうして離れてしまった。

(……それだけが真実だろ)

 奥歯を噛みしめると、唇の端からぽろぽろと気泡がのぼっていった。深い深い水の底は静かだ。自分しかいないので気楽でもある。この夢はとてもリアルだ。まるで本当に水の中で息をしているような錯覚すら覚え、この前、実際に学校のプールで泳いでいるときに間違えて思い切り息を吸い込んでしまった。もちろん現実ではそんなことなく、塩素臭い水が口やら鼻やらいろんなとこから入ってきてみっともなく噎せた。あの時の俺を見る似鳥の表情は何とも言えないものだった。
 夢の中で現実を思い返す。変な話だ。笑うついでに喉の奥の空気も吐いてしまう。ビー玉みたいな大きさの気泡が上へ上へと上がっていくのを眺めていると、ふいに上空に大きな影が現れた。誰だ、ここは俺だけの居場所のはずなのに——全身の神経を尖らせて、じっと影に目を凝らす。
 二十秒ほど経ち、水をかき分けてやってきたのは、たいして面白味のない人物だった。

「お前かよ……」
「! ……凛……」

 あの憎たらしい飄飄とした面、ゆらゆら水中で揺れる艶のある黒髪。何を考えてるのかわからない濃紺の瞳は、こいつにしては珍しい、驚きによって大きく見開かれている。ハル、と口内でこいつの名を小さくつぶやいた。
 ハルは腕で水を大胆にかきながらゆったりとした動作で水の底へと足裏をつけた。「……底が、あったのか」落ち着いた声には、驚愕というよりも納得したような安堵感が含まれている。地に足がついたとわかれば、次は隣にいる俺をしげしげと眺めてきた。「なぜ?」に満ち溢れたその視線を鬱陶しく払いのけ、俺は冷たく言う。

「なんでお前がここにいんだよ、夢にまで出てくんじゃねーよ。さっさと消えろ、幻覚が」
「……やっぱり、ここは夢なのか?」
「何なんだ……何でここでハルが出てくるんだ? 夢は欲求不満が表れる、っつーけど……これはどういう意味だ? 別に俺はハルをどうこうしてェとか思ってねーよ……」

 まさか、夢にまでハルが現れるとは思ってもいなかった。もしかしてこいつのことだ、真琴もセットで現れるんじゃないかと俺は上空を見上げてみる。しかしハルが下りてきてからは影も水泡も何も見えなくて、あの馬鹿共もいるんじゃないかという俺の心配は杞憂に終わった。
 目の前のハルはきょときょとと俺を眺めまわしている。以前に見た競泳水着だけを身に着けているハルは、この寒色の世界では寒そうに見える。

「? 夢だから、凛はこんなに近くにいるのか?」
「そうじゃねーと困る……。お前と俺が二人きりなんて、こんな夢は悪夢に決まってんだろ」
「……そうか、夢か、これは」

 苦々しい声で言うと、ハルはわずかに表情を暗くした。何だその顔は、と肩に掴みかかりたい衝動に襲われる。お前らが俺を一人にしたんだろ、とはさすがに自己中過ぎて口には出せなかった。離れようとしたのは俺だという意識はある。ただ、追いかけてきてくれなかったことを俺は未だに覚えているだけで。こいつは、ハルは何も悪くない。それだけはちゃんとわかっていたのだ。
 ただでさえ静かなのに、二人きりだということを知り、余計にこの世界が静かであることを実感する。ハルは現実と同じで、必要以上のことは話そうとしない。何を考えているのかわからない双眸を見つめていると、何だかきまりが悪くて言う言葉を失ってしまう。
 二人分の水泡が、上の方へ消えていった。










■トロイメライの墜落2 ( No.732 )
日時: 2013/09/05 01:08
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: 73BX/oE4)



/sideH:夢見た青年







(そうか。これは夢……夢なのか)

 初めて底についたと思えば誰かがいて、しかもそいつは凛だった。まさか夢にまで出るなんて、本当にこの世界は謎だらけだ。浮力によりふわふわと弄ばれている前髪を軽く撫でつけ、はぁと息をつく。その拍子に、またあぶくが零れた。
 そういえば、こうして凛を正面からまじまじと眺めることは久しぶりだった。昔は丸みを帯びていた瞳は、今では視界に映る全てを傷つけるように、鋭く鈍く光っている。それでも時折のぞく尖った歯は昔とおんなじだ。その事実が妙に愛おしい。

(夢で、良かった)

 もしこれが現実なら、凛はさっさと俺に背を向けてどこかへ行ってしまうだろう。俺の言葉に耳を貸してくれない、と思う。でもここは夢だから、逃げようがない。凛は不承不承にも俺の前にいてくれるだろうし、俺の言葉を聞いてくれる。たったそれだけのことだけど、それだけが喜びだった。
 ふいに、手を伸ばす。さっきまで何にも触れられなかった指先は、ようやく何かに触れる。凛の頬に触れると、指先にはじんわりとした温かみが伝った。ずっと水の中にいるせいで、体が冷え切っている。

「……よかった」
「何がだよ……つーか手ェ退けろ」
「お前と二人きりでいられる夢も、あったんだな」

 きゅう、と凛のパープルの瞳が収縮する。長いまつげについていた小さな気泡たちが、ぱらぱらと踊りのぼっていく様子を、俺はじっと見つめていた。
 凛の口からは俺みたいに空気が出てこない。きっと肺の空気をすべて吐き出してしまったんだろう。

「現実じゃ、お前と一緒に泳げる未来は掴めなかったけど。でも、こうして、別の夢では会えた」
「チッ……お前は俺の夢のくせに、ぺらぺらとよく喋るな。いつもは幽霊みたいに黙りこくってんのに」
「お前と二人きりでいられるから、喋ってる。それだけだ」
「でもどうせ夢だろ。お前がいくら喋っても、これは夢で、俺の妄想だ」
「……違う。これは夢だけど、現実だ」
「違わねーよ、ハル」

 頬を撫でていた右手を、力強く掴まれた。そのまま、振り払われる。
 痛みはない。ただ、はっきりとした拒絶があった。

「何が二人きりだ、俺と一緒の未来だ……お前がいくらここで何を言っても、これは夢だ。夢の中だ。結局目を覚ませば、俺は一人きりに戻るだけじゃねーか」

 叫び、睨み、苦しげに胸を抑える凛。その姿は、思い出の中のオーストラリアに行ってしまう直前の凛と重なって見えた。あの涙が、あの幼い眼差しが。今、歪曲する。ぶれる。
 ふり払われた右手の行く先なんて俺には分からなくて、力なく体の横に垂れる。

「そんなことない。これは……これは夢じゃない。お前と二人でいられたはずの夢があった、それだけは夢じゃない」
「……お前の言いたいことは、いつもよくわかんねェよ。夢なのに夢じゃないって、どういうことだよ?」
「それは——」
「——いい。聞くだけ無駄だ」

 凛が地を蹴る。
 ふわりと浮いた水中に浮いた凛は、やっぱり泣きそうな顔をしていた。悲しいのに気丈な振りをして、傷ついた様子でつらつらと嘘をつく。
 そのまま凛がどこかに行ってしまいそうで、俺は反射的に手を伸ばしていた。しかしそんな俺の行動を読み取ったのか、凛は身体を引く。


「いいかハル……これは、夢だ。どこまでも夢だ————夢なんだよ」


 凛が笑う。俺は笑えない。
 掴もうとした右手が何も掴めなかったことに動揺を隠せない。あれだけ心地よかったこの空間が、今では楽しかったあの思い出の残骸のように思えた。俺を自由に生かしてくれていたはずの水は、まるでホルマリン漬けの液みたいだ。
 夢の中でも強がろうとする彼は、凛は、やっぱり笑っていた。傷ついた笑顔をもう見たくなくて、俺は密やかに瞼を閉じる。


(お前が夢だって言いたいなら、それでもいい。俺はまた知らない振りをして、お前を傷つけるさ)
(……だけどせめて、夢の中でぐらい泣けばいいのに。助けて、っていえばいいのに、)







 一人分の水泡が、立ち上っていく。













■トロイメライの墜落








 いつか夢見た君との未来は、あまりにも呆気なく地に墜ちてしまった。全てに裏切られた君は泣きそうな瞳で「夢なんだよ」って嘲る。「そんなことないよ」なんてまた涙する僕をどうか哀れんで抱きしめておくれ/夢想の墜落






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一応凛遙
ささめは凛ちゃんを思い切り不幸のどん底に沈めたまま甘いお菓子とか幸せなことばかりあげたいです。不幸から救いたくはない。甘やかしたい