BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- ■伏見誕生日 ( No.750 )
- 日時: 2013/11/07 23:59
- 名前: 節度使 ◆rOs2KSq2QU (ID: yMcAY8PJ)
——そう、何だか無性に泣きたくなった。だから俺は泣いただけだ。
パソコンを長時間相手にしていたせいで瞼はずっしりと重く視界は黄色く点滅している。両肩は若いくせして肩こりを患っており三日前からコーヒーぐらいしか口にしていないため身体に力は入らない。
相変わらずセプター4なんて隊は名前だけかっこ良くて中身はからきしで、脳味噌まで筋肉な日高は早速パソコンをぶっ壊すは道明寺は集中力が切れたのかなかなか書類に手を付けないし榎本はプログラミングは得意なくせして打ち込みが女子かとツッコミたいぐらい遅い。秋山はそんな奴らのフォローで忙しい。結果俺ぐらいしか役に立つ者がおらず、俺一人がパソコンと睨めっこ。
自分が不健康だということは知っている。貧血気味で偏食家で、風邪は一度ひくとなかなか治りにくいし視力も悪くすぐに肩がこる。コミュ障で愛想が悪く、笑顔一つ浮かべられない。
自分のことはちゃんとわかっている。どうしようもない根暗なクズ野郎。仕事だけは出来る、性格に酷く難があるひょろっこい少年。そんなことはわかっている。周囲からの視線もわかっている。何を意味しているのか、どう思われているのか。わかっている、わかっているんだ————
「————な、なのに。なのに、アンタらは、なんなんだ」
三徹し、優雅に自室でお茶を啜る室長に書類の束を提出した後。
「まぁ待ってください」と室長の静かな声と共に引き留められた俺の目の前に突き出されたのは、色とりどりの花束、と、ぶさいくなぬいぐるみ。ぬいぐるみはどうやら手作りのようで、よく見るとどっかのバーの切りこみ隊長に似ていた。
は?と思わず声をあげ、しょぼしょぼする目で突き出してきた相手を見る。
そいつらはくたくたによれた青い隊服を着た、つい数時間前まで俺と同じようにパソコンに向かい合っていた奴らで。打ち込みに失敗し泣きながら直していた長髪、つまらねーと愚痴を吐きゲームに興じていた同年代の奴。彼女とのデートがあるのに!と嘆き悲しんでいた脳味噌筋肉馬鹿。年下の隊長におろおろと不安そうにしている片目インテリ——そんな奴らがずらりと並んで、俺に思い思いのくだらないプレゼントとやらを差し出していて。
奥にいる室長が指揮を執るかのように、ゆったりとほほ笑みながら、「誕生日おめでとうございます、伏見君」なんて言って。
それに続き「おめでとうございまーす!!」と野太い男たちの声が、この室長室に響いた。疲労でひどき掠れた声色は、ふらふらの俺の耳に突き刺さった。
……ああ、アンタらおかしいですよ。
だって俺、こんな風に優しくされる理由も意味も、ないのに。
目の前の状況にすぐには追いつけなかったが、無理やり手にぬいぐるみを持たされつつ、俺はそんなことを思った。馬鹿じゃないのか、と吐き捨てたくもなった。こんなこと計画してるなら、その分仕事やれ公務員共。丁寧に「伏見君お誕生日会」なんて布作りやがって。器用だなこの野郎、秋山か、それとも榎本の手作りか。
茫然と立ち尽くす俺の元に、室長がしずしずと歩み寄ってきて、わざわざ俺の手まで握って呟いた。
「人一人の誕生というのは、事実だけなら、それ程特別なことでもないのかもしれません。その人が悪人ならその生は疎まれるでしょうし、善人ならイエスキリストのように喜ばれる。世の中、そういうものです」
ですから、と室長は続ける。
「だから伏見君は安心してください。貴方の生は疎まれる理由がない。貴方の生を喜ぶ人間がここにはたくさんいる。よって貴方の誕生した日は祝う理由がある、権利がある。……自分がここにいることを、喜んでもいいんですよ。笑ってください、伏見君」
無言の俺に対し、長い睫をぱちぱちと二度瞬いて、室長はふうとため息をついた。
「……そんな風に泣くのもいいですけど、私たちは貴方の笑う顔が見たくてこの会を企画したんですからね」
きかん坊に言い聞かせるようなその口調に、かっと脳裏が熱く痺れた。いつものように言い返そうと顔をあげようとして、は、と喉を詰まらせる。無理やり抱かされたぬいぐるみを放り投げようとして、自身の両手がぎゅっと握られていることに気付く。
気づけば、部下たちがにやにやと意味深な笑みを浮かべ、俺と室長を取り囲んでいた。この野郎、見世物じゃねーんだぞ。その言葉は嗚咽のせいで言えなかった。