BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

秋→雪→由/ovaの前の話 ( No.754 )
日時: 2013/11/17 21:52
名前: 節度使 ◆rOs2KSq2QU (ID: dvUrJGSo)



「それでね、そのときお母さんがね……」

 君が無邪気に笑う。君に思いを寄せているクラスの男子たちなら、思わず頬を赤くしてしまいそうな、可愛らしい笑顔で。君が無邪気に笑う。長いまつげは夕暮れに透けて桃色に光る。ゆるく結ばれた髪の毛は君のゆったりとした歩みにあわせてふわふわと揺れる。
 母親とうまくやれているのだろう。今朝、母親のご飯があまりに美味しくて最近食べすぎてしまう、とため息交じりに体重を気にしていた。確かに君からは、以前の君とは違う、健康的なエネルギーが感じられる。
 父親ともうまくやれているのだろう。お昼休みに、模試の結果を褒められると同時に大学進学について話し合ったのだと、困った様子で呟いていた。たくさんの未来を秘めている君の双眸は、いつでも希望を称えている。

(それら全部に嫉妬なんて、しやしないさ)

 彼の記憶にみっともなく縋り付いたままの僕は、君の話に「ああ」と適当に相槌を打つ。
 この世界の君は、彼のことを覚えていない。彼の存在を認識すらしていない。だからこそこの世界の君は健康で、希望に溢れていて、美しく、尊い。君のその笑顔は、幸せそのものだ。
 君は笑う。彼が作ったこの世界で、当たり前のように与えられた「家族」について、当たり前のように幸せに笑う。
 なにも、何も知らないのにね。君は。
 彼の苦悩も想いも、願いもなにもかも。どれだけ彼が君を愛していたかも、知らないのにね。

「……秋瀬くん? どうしたの、ぼーっとして」

 はた、と君の不思議そうな声に我に返った。
 隣に視線をやると、学生鞄を抱えた君が、曇りの無い眼で僕をのぞき込んでいた。髪よりもわずかに色の深い瞳は、やっぱりあの狂いを帯びた愛情も、過去のどす黒い感情も何も持っていない。ただただ幸せに塗りつぶされた、無垢な瞳だった。

「————なんでもないよ、我妻さん」

 にこりと微笑みそう返すと、「そう?」と君はまた話の続きをし始めた。今度は、来週みんなで行く海への話らしい。「バスを使うべきか、電車を使うべきか」なんて話題、あの頃に比べたらあまりに陳腐過ぎて、逆におかしかった。
 何でもない幸せな日常を語るその横顔に、僕が何度ナイフを振り上げようとしたことか。君はそれすら知らないんだろうなあ。黒髪の彼に触れそこなった右手を、代わりのように君の肩に触れさせる。
 え、急にどうしたの秋瀬くん、と君はくすぐったそうに身を捩る。僕の中では何千回何万回と串刺しになり、血まみれの死体と化している君は、口元を綻ばせて僕に問いかける。
 君が彼を知らないように、僕も僕自身の感情に知らないふりをして、また道化を気取る。

「いや、なんでもないよ」
「え? ……もう、変な秋瀬くん」
「あはは」













■ハッピーエンドにきみがいない




(でもね、人魚姫を助けられるのは王子様だけだから、僕はそのナイフを振り上げられないんだ)




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テスト期間入ったぞーーーーうおーーーーー(全裸ダッシュ)