BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

緑高 ( No.766 )
日時: 2013/12/09 00:44
名前: 節度使 ◆rOs2KSq2QU (ID: 5YBzL49o)







 不幸な人間ほど愛おしい——そんなこと言ったら、きっとお前は俺を嫌うだろうけれど。

「……それは俺が、お前にとって"不幸"の基準に当てはまる、哀れみを誘う人間だという話か?」
「そういう卑屈な言い方すんなって真ちゃーん! 別に哀れんでなんてないっつーの。これは性癖みたいなもんだって」

 予想通り緑間はしかめっ面になる。ふい、と顔を背けられるとこっちもちょっぴり傷ついた。
 そういうこと言いたいんじゃないんだけどなあ。グラスの中で揺れる氷を視界の端で留め、いたって明るい口調で続ける。

「自分のことが大嫌いで、かといって他の人間を愛せるわけでもなくて、特別辛い境遇にいるんじゃねーのに、生きてるってだけで死んじゃいたいほど苦しいやつ。
 ……いじめられてたり、嫌われてたり、親がクズだったり、急に家族の誰かが死んじゃったり。どんな不幸の形でもいいけど、とにかくそいつが不幸じゃないと俺はそいつを病的なほど好きになっちゃうんだよ」
「本人たちがそれを聞いたら怒り狂うぞ」
「うん、知ってる。きっと胸糞悪いだろうね。自分が本気で苦しんでるのを馬鹿にされたって思うだろうし」

 でもさ、真ちゃん。俺は口に咥えたストローをがじがじと歯で噛みながらゆったりとほほ笑む。

「そんな奴が——自分にだけ本音も真実も晒して、私はあなただけが好き、なんて泣きながら縋り付かれたら……どうよ。スゲー殺し文句じゃね?」
「とても悪趣味だ、とは思う」
「不幸のどん底にいるそいつが、すべてに裏切られたそいつの両目が、俺だけを映して、俺だけを求めてるんだ。俺以外にももっと良い人間なんてたくさんいるはずなのに、なのに、なのにだぜ! 俺のことを信じ切って、寄りかかる居場所を求めてる……俺はそれがたまらなく愛おしいよ」
「お前は——最低なことを言っているのだよ」

 知ってる。知ってるよ、緑間。俺は最低なことをあえて言ってるんだ。お前が失望して、軽蔑してしまうぐらい最低なことを口にしてる。お前の透き通るような深緑の眼が俺を射抜いて離さないように、縫いとめてくれるように。
 からりと音をたてた氷は、もうすっかり溶けていて、飲み残した珈琲の上で新たな二層目を作り出していた。透明な水と、泥水みたいな色の珈琲。アンバランスな色彩は何かに似ている。

「大丈夫だよ、真ちゃん」

 笑いながら発した言葉のくせに、俺のその声はやけに冷たく響いた。

「どれだけ不幸な子でも、どんなに人を愛せなくても——俺がその子の手をとって、幸せへと変えてみせるから。初めての幸せに戸惑いながら、でもその心地よさに、だんだんと不幸の濃度は薄くなっていくんだ」
「……お前は、何様のつもりだ」
「何様のつもりだと思う?」

 無言。鋭く睨むその視線が気に食わなくて、俺は笑い続ける。
 こんな、ただのファーストフード店で、しかも真昼間から、友達を怒鳴りつけるなんてどうせお前には出来ないもんな。正義やら理念でがちがちに固められたお前の脳内には、俺を睨むという選択肢はあっても、殴るという選択肢なんてない。

「結局さぁ、真ちゃんも他の奴らと一緒だよね」
「一緒、とは……どういう意味だ」
「俺のこと。非難しても、ぶん殴ってでも止めてはくれないんだよ。それは何て言うのかな、当事者でありながら、傍観者で居続けようとするんだ。間違ってるって言うくせに、手を出しては、くれないよな」
「お前は手を出されたいのか。自分の感情を、考えを、俺に引っ掻き回されたいのか?」
「それは勘弁したいけど」

 と、言葉を止める。薄氷みたいな危うさで成り立ったこの会話は、俺が口をつぐむだけであっさりと氷の下から水を溢れさせる。冷たいつめたいその水は塩辛くて、そして緊張をもたらす。
 緑間の握りしめるラッキーアイテム。折り紙で出来た鶴。とっくに手の内で潰れたそれを横目に、もう一度、語りを始めた。

「俺を非難するってことは、俺のしてることは駄目なことなんだろ。じゃあ止めてくれよ、止めてくんないかな、真ちゃん」
「……誰かを止められるほど、俺はまっとうな生き方をしていないのだよ。そういうものは、また別の人に頼め」
「そうやっていざ自分になれば責任転嫁するのな。わかるんだよ、俺。真ちゃんは俺を救ってくれない。でも非難はする。苦しむ俺のことを見て、そんで自分を責めるんだ」

 そんでね、そんでね。ぽろぽろと金平糖みたいに言葉が零れる。ただし、零れるそれらは砂糖みたいに甘くない。ただただ苦くて、いや、ほんと、苦くて吐き出すしかない。

「自分を責めるのは楽だよなあ、真ちゃん。そうしてたら、別の誰かが大丈夫ですか貴方は悪くないって慰めてくれるんだから! お前は自分の無力さを埋め合わせてもらって満足かもなあ。でも俺は救われねーよ。お前は俺を過去の傷にしたまま、そこから逃がしちゃくんないんだ。ずっと俺を悲しい奴にさせたまま、救ってはくれないんだわ」

 長ったらしく、ずらずらと並べ立てる俺のことを、緑間はやっぱり真っ直ぐに見つめる。軽蔑。嫌悪。可哀想。助けたい。救いたい。たくさんの想いが混じり合った瞳はそれでも鮮やかなエメラルドに光る。俺の瞳は妬みや苦しみでとっくに濁ってるのに。
 嗚呼、羨ましい。羨ましいよ。
 俺よりも酷い状況に陥っていたくせに、それでも気高いお前が。



「……救っては、くれないんだよな」



 高尾和成は、ただ、ただ緑間真太郎が。














■どしゃ降りのミルクは甘過ぎる


 
(優しくは、してくれるんだろうな。でも、お前は、こんな俺を救ってはくれない)








****

そうだね君は汚いよ