BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

■雉も鳴かずば撃たれまい(ただしお前は除く) ( No.772 )
日時: 2013/12/24 00:10
名前: 節度使 ◆rOs2KSq2QU (ID: PduCEO2V)
プロフ: 赤司君たんおめ


 んん、と喉を鳴らし、鼻をすする。土日を挟んでしっかり休養をとったおかげか、体調はほぼ万全に戻った。未だに喉の痛みと鼻水は続いているが、とりあえず完治ということでいいだろう。よし、と予備の為につけてきたマスクをもう一度つけ直す。
 放課後のチャイムが鳴ってすぐの今なら、赤司の奴も教室にいるはずだ——そんな甘い見積もりをしたのが馬鹿だった。何だってあいつは放課後駄弁ったりだらだらしたりしてないんだ。クラブに行くのも大切だけど、それより大切なことなんていっぱいあるだろうに。
 俺は体育館側から来たが、赤司とすれ違ってはいない。つまり、アイツは体育館に直行していないということだ。おそらく、図書室か生徒会室。それぐらいしかあいつの行きそうな場所はない。薔薇のように深い紅の髪の、後輩。あのオッドアイはどうも見ているこちら側に考えを悟らせないところがあるから、もしかしたらこの予測すらあてにならないかもしれない。

「お、いたいた」

 運良く(と言っていいのか)、赤司は見つかった。姿勢良く歩く後ろ姿は、まさしく俺が探していた赤司征十郎。小走りに駆けていき、その小さな頭をがしりと掴む。俺の手のひらにちょうど余るぐらいの大きさだから、こいつは本当に小柄だなあと実感する。髪質がいいので手触りもいい。
 赤司の頭をわし掴める奴なんてこの学校に片手ほどもいない。それを知っている為か、赤司は持ち前の状況把握の早さを発揮し、はぁとため息を一つついた。振り返る動作をあえてのろりとして、俺という相手を威圧する。

「……虹村さん。貴方の風邪が治ることを一心に願っていた後輩の頭をわし掴むだなんて、ひどいと思いませんか?」
「おい赤司。風邪をひいて体調が芳しくないことを後輩の前だからと隠しながらそれでも大事な後輩のために誕生日を祝いにきた先輩にその態度はひどいと思わねェ?」
「そうですね。早く家に帰って休養をとって欲しいとは思いますね」
「へーへー、お前におめでとうっつったらすぐ帰るよ」

 相変わらず可愛げのない、というか、飄々としている。髪の毛よりも幾分色素の薄い双眸は、俺をとらえるとゆったりと緩む。それが信頼や安心によるものか、はたまた年上に対する敬意のために無理に生み出したものかは計り知れない。しかしまあ、こいつがこんな風に言い返せる相手も俺ぐらいしかいないので、そこはポジティブに受け取っておこう。
 げほ、と色気も何もない咳をして、マスクを外す。「んぐ、ぶっはー……マスクってあれだよな。二酸化炭素溜まりすぎると苦しいよな」「わかってるなら外しておけばいいじゃないですか。どうせもう治ってるんでしょう?」「ばーか。可愛い後輩にちょっとでも風邪の菌をうつしたくねェんだよ」俺の言葉に、にやり、と赤司が口角を吊り上げた。嗚呼、遊ばれてる気がする。俺の方が年上なのに。

「話に戻るけどよ、ほら、お前二十日が誕生日だっただろ。俺そん時早退して言えなかったから、言いに来てやったんだよ」
「そんな、虹村さんがお気になさらなくても」
「つれねェこと言うなって。……まぁ、三日も遅れちまったけど、誕生日おめでとう、赤司」

 そう言い、照れ隠し代わりにくしゃりと赤司の頭を撫でた。丁寧に整えられていた髪の毛は俺の指のせいで乱される。……本当に、なんていうのか、絹みたいな指通りだ。さらさらとしているので、俺がちょっと弄ぶぐらいじゃ癖もつかない。黒子と足して二で割れば丁度いいんじゃないのか。
 わしゃわしゃと、犬にしてやるみたいにしばらく赤司の髪を堪能していた。すると、抵抗もせずにじっとこっちを凝視している二つの眼に出会う。自分よりも低いところからの視線は、むず痒い。

「……んだよ。嫌なら嫌って言えって小学校で習っただろ」
「いえ、違います。虹村さんは、俺の誕生日を祝いにきてくださったんですよね?」
「ああ、そうだけど」
「非常に押し付けがましい、というか、恩着せがましいような発言なのですが……その、誕生日プレゼントなどは、あの、頂けるんでしょうか」
「……………………アッ」

 やべえ、忘れてた————そんな驚愕が顔に出てしまったのか、赤司が半目になり俺をさらに見つめる。まぁ虹村さんのことですからね、とでも言いたげな顔をしている。呆れ半分、興ざめ半分。
 突如冷えきってしまった空気を紛らわすために「えーっと、なあ!」と俺は無理やり明るい声を出して、赤司の両肩に手を置いた。

「お、お前っていろんな奴から祝われてるイメージからあるからよ、だからプレゼントとかはその、本人にきいたほうが一番効率がいいんじゃねェのって思ってだな! だから今日はわざわざこうして俺自ら出向いたってわけだ、うん」
「何だか理由が変わってきた気がするんですけど……」
「そんなことはない! さあ言ってみろ、今一番お前が欲しいモンは何なんだ、赤司!」
「……一番欲しいもの、ですか……」

 唐突な申し出に困った顔をするかと思いきや、赤司はいつもの能面で、真面目に逡巡し始めた。顎に手をやり、うーん、とゆっくりと瞬きをする。長いまつげがはたはたと揺れるのを、俺は内心ドキドキしながら見つめていた。そのドキドキは恋心とは遠くかけ離れており、先輩としての威厳を保てたという安堵によるものである。
 あ。珍しく、赤司は気の抜けた声をあげた。

「欲しいもの、ありました」
「ほうほうほうほう! なんだ、何が欲しいんだ?」
「虹村さんのネクタイを引っ張ってもいい権利を、今くれませんか」

 ……今度は、こっちが気の抜けた声をあける番だった。

「はあ?」
「いえ、くださらないのなら、それでもいいんですが」
「……お前がそれでもいいならいいけど、いや、てかそれってプレゼントになんの? よくわかんねえけど……」
「勿論なります」

 なので、お願いします。無機質な光を称えた瞳は、やはり思惑を悟らせない。ネクタイを引っ張る権利とか、こいつは本当に何がしたいんだ。引っ張って首を絞めたいのか。俺が鼻水と窒息の二重苦に陥る姿を見て悦に入りたいのか。え、もしかして髪の毛触ったのそんなに不快だったのお前。とんだポーカーフェイスだなお前!
 様々な思考が脳内を駆け巡り、ネクタイを引っ張られることがもうこの世の中で一番の刑罰に思えてきた頃。赤司が行動に出た。「失礼します」と固まっている俺に声をかけると、傷一つない細い指で俺のネクタイに触れた。
 そして、ネクタイごと俺を自分の方へと、思い切り、引いた。

「……うおッ!?」

 驚いたのは俺の方だ。まさか自分より小柄な後輩が、こんな力を持ってるだなんて誰も思うまい。ネクタイを引くだけで自分よりも上背のある奴のバランスを崩すだなんて、なんて奴だ。よろめいた俺は主将らしからぬ間抜けっぷりをさらしながら、強制的に前へと引かれた。
 ふ、と目の前に何かが現れる。今更目の前に何があるかなんて、聞かなくてもわかっている。間抜け面の俺の前には、当然のように、整った、相変わらず無表情な赤司の顔があって——顔があるってことは、唇もあるということで。


「ん、ぐ」

 
 見事に(と言えば変な表現だが)、キスを、された。お互い女子じゃないので、リップクリームなんてつけちゃいない。それに俺は風邪気味で常に乾燥気味だ。かさかさの俺の唇と、赤司の薄い女みたいな唇が触れ合う感触は、心地よいとは言えない。
 目を閉じる暇もなかったので、俺は数センチの距離で赤司と見つめ合うこととなる。キスの時は目を閉じるのがマナーだろテメェ。猫のような大きな瞳が嬉しそうに緩むのを睨みつける。


 いつ教師や生徒がやってくるかわからない廊下のど真ん中だ。甘い時間は長くは続かない。数十秒も経たない内に、赤司の方からふっと俺を押し返した。やけに熱かった温度だけが唇に残っている。俺風邪ひいてっから、もしかして今のキスでうつったかもな。ぺろりと口の端を舐めてみせると、可笑しそうに赤司がわかった。
 いかにもしてやったり、という顔をしている。くそ、と舌打ちをした気持ちで赤司にささやかな疑問を投げつける。

「何でチューしてくださいって言わずに、ネクタイを引っ張りたいなんて遠まわしなのを要求したんだよ。お前がチューしてえなら、俺は据え膳してやったのによー……へっくしゅん」
「虹村センパイにはわからないと思いますが、いつも敬愛している先輩のネクタイを引っ張るなんて下克上めいたことは、なかなかそそるものがあるんですよ」
「しゅ、」

 趣味わりィ! こいつ、最高に趣味悪ィ!——俺が全身に鳥肌をたてているのを見て、赤司が再びにやりと意地悪く口元を歪ませる。根っからのサディストだということを窺わせる、その笑い方に、背中に冷たいものは走った。


「……それに、キスなんて誕生日にかかわらず、いつでも出来ますからね」


 余裕綽々の横顔は、そんなことをほざきながらも、わずかに嬉しそうに見えた。









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貴方は自分のことしか見えてないですね