BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

百合/ひた羽→らぎ ( No.783 )
日時: 2014/01/19 23:19
名前: 節度使 ◆rOs2KSq2QU (ID: PduCEO2V)





 ただ見つめていただけだった。そういう雰囲気はなかった。しかし私の「戦場ヶ原さん」という呼び声が引き金のようにして、それは起こってしまった。身も蓋もない言い方をするならキス。しかも同性、女性同士。私たちは仮にも親友同士だった。過去形にするのは戦場ヶ原さんの言葉を受け取ってからにするべきなんだろうけど、こうして唇と唇を重ねてしまったら、友達以上以下の何かになってしまったような気がする。少なくとも、羽川翼という女の中では、そういう線引きである。
 はたと我に返ると真っ先に飛び込んできたのは彼女のお人形さんみたいな美しい顔だった。そして背景、ああ、そういえばここは戦場ヶ原さんの家、アパートの一室だった。いつも父親と並べて敷いている布団は丁寧に隅の方に畳まれている辺り、彼女の生活の几帳面さが窺える。

「……ねえ羽川さん、心地はどうかしら」

 現実逃避は許さないわよ。暗にそう告げてくる目の前の美少女。私と彼女の間には数センチほどしかなくて、言葉を発した瞬間の吐息が私の頬を掠める。美少女は吐息まで美少女である。ほうと色っぽく吐き出された呼吸と共に、桃色に色づいた唇が切なげに開かれた。
 可愛いと思う。肩までばっさりと切った深い紫色の髪の毛も、丁寧に磨かれた爪の先までも、黒いストッキングに包まれた長い脚も、全部全部、可愛い。でもだからといって、私と彼女はあくまでも友達同士だ。
 それに、彼女には、戦場ヶ原ひたぎには。
 私が片想いをしていた相手、阿良々木暦という彼氏がいて。

「こ、心地って」
「ふむ。この場合、感想を聞いているということよ。私の唇がぷるぷるのうるつやだったとか、心臓が8ビートを奏でているとか、私の睫毛は案外長いとか。こうして唇を仲睦まじく寄せ合ったのだから、何か一つぐらいは羽川さんも感じてもいいと思うのだけれど」
「寄せ合ったって……一方的にされた感じがあるんだけど、私には」
「そうね。仕掛けたのは私ね」

 戦場ヶ原さんの口ぶりは、語尾に「だけど」やら「でも」なんて逆接の表現がつきそうなものだった。まるでキスをしたことだけは自分に責任があるけれど、それ以外は誰の責任かしらね羽川さん。貴方にも責任はあるんじゃなくて、と首を傾げそうな雰囲気。
 案の定、彼女の言葉は淡々と続いた。「とは言え、羽川さん」と想像外の逆接表現つきの言葉だった。

「羽川さんはなぜ、私の肉欲に溺れた熱いキスを拒みも抵抗もしなかったのかしらね。いえ、電光石火の戦場ヶ原で名を馳せる私だということを差し置いても、よ」
「そんな二つ名があるなんて初めて知ったよ……」
「それでも貴方には二つどころじゃなく、何百もの選択肢があったはずよ。突き飛ばすなり唾を飛ばすなり舌を噛み切るなり蹴るなり、それこそ私が阿良々木君にしているように」
「してるの!? 阿良々木君に! 彼氏なのに!?」
「でも貴方は逃げなかった。選ばなかった。それはどういう意味かわかるかしら」

 さっきから、私の言葉は無視され続けている。横やりを入れられたくないのだろうとは思っていたけど、まさかここまでとは思っていなかった。戦場ヶ原さんの態度は昔より幾分も軟化しているとはいえ、双眸には未だにあの頃と同じぎらぎらと貪欲な色が濃く残っている。そのぎらぎらは今や私に向けられ、問いの答えをいまかいまかと待ち望んでいる。
 そのぎらぎらは私にはないもので、羨ましい反面、すこし怖くもある。無難な答えでも返そうと「ええと……私が意外と同性もいけたとか」「却下」反応が早い。ならば。「戦場ヶ原さんのことが好きなのかな、実は」「違うわ」ついでに言うなら貴方は根本的には私のことは好きではないと思うわ。無駄な真実を放り投げて、戦場ヶ原さんはふふっと怪しく笑う。

「正解は、簡単よ」

 貴方はレズビアンでもバイセクシュアルでも、ましてや私のことが人間的に大好きでもないのよ、羽川さん。貴方は性別上だけで述べるなら男性しか愛せないだろうしましてや片想いをしていた相手を奪い去った極悪美少女のことを許して心から愛し相手の性欲を受け入れられるほど出来た人間ではなくなっているの——戦場ヶ原さんはわざわざ私の誤解答に丁寧に赤ペンを入れつつ、正答を語り始めた。
 つるりと滑らかな爪先で、リップを塗った唇に艶を含ませ、そうして彼女という全てを見せつけ、感じさせる。


「貴方はいつだって、戦場ヶ原ひたぎを通して阿良々木暦を感じているということよ」
「……………………ああ、」


 彼女の名推理に、模範解答に、思わず感嘆の声をあげた。
 すると彼女の瞳の奥で、愛したあの人が、ははと面白そうに笑った。お前もそんな風に驚くんだな、羽川。どこか耳に心地よい幻聴を伴って。













■エトセトラの捨て方



(もう一度キスしたら、ねえ、また君に会えるのかな)






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猫物語白が終わってすぐぐらいの百合もどき話
そんな簡単に失恋も恋も終われないし始まれない