BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

■愛おしさだけでも捨てさせてよ ( No.788 )
日時: 2014/02/09 23:24
名前: 節度使 ◆rOs2KSq2QU (ID: PduCEO2V)
プロフ: 出→猿 sss







 美咲のことがわからなくなった。
 美咲は牛乳が嫌いだ。名前が女みたいなことを気にしてる。チャーハンにパイナップルを入れるのが当たり前だと思ってる。数学は単純な計算は出来るのに文章題になると出来なくなる。英単語を覚えるのが苦手だから長文はからきしだ。近所のコンビニの新商品は全部クリアしてしまっている。肉まんよりもあんまんの方が好きだ。上から目線で言われるのをいちいち気にする。女が苦手で、男付き合いもそんなにだ——数か月前のことは、それほどにわかる。付き合いは短いけど、美咲と俺は″合う″から。だからわかる。アイツがどんなものを見てどう感じるかってのは、簡単に想像がつく。
 でもここ最近は、それが出来なくなった。草薙さんに牛乳も飲めと怒られて飲み始めるようになった。苗字で呼ばれることが多くなったせいか、名前についてあれこれ考えなくなった。チャーハンに入る具よりも誰と食べるかを重要視するようになった。勉強や進学っていうステージから下りてしまった。コンビニに行くことが少なくなった。女が苦手なのは変わらずとも、男——吠舞羅の連中との付き合いが格段に多くなった。
 変わってしまった。美咲は、俺と出会ったときから、変わってしまったのだ。その事実は数日前から俺の瞼の裏でピコピコと点滅している。逃げたくても逃げきれないまま、その信号を受け取っている。ブルーだったはずの信号はレッドに変わっていて、俺には少し眩しすぎる。


「伏見は、しんどいやろなぁ」
「……何ですか。哀れむぐらいなら、美咲を返してくださいよ」
「返すゆうて……あんな、言い方は悪いけども、別に俺らが八田ちゃんに強制しとる訳やないで。八田ちゃん自身が尊の傍におりたいゆうてるから、俺らはその居場所を提供しとる訳であってな——って、まぁ……そうかもなぁ。伏見にとっちゃ、そうかもしれんなあ」


 涙で濡れそぼった袖は、心なしか重い。ついでに言うなら瞼も熱くて腫れぼったい。泣いているということはとっくにこの人にバレているのかもしれないが、カウンターの向こうで、草薙さんは素知らぬふりをしていた。この人のこういうところが嫌いだ。何も知らないふりをしてくれるところ。俺を子ども扱いするところ。色々な策略を張り巡らして、結局人払いをうまくしてしまうところ。
 うう、と返答にもならないであろううなり声をあげる。何や風邪か、温かいもんでものむか、と気の抜けたことを言われる。いりませんと強気に返事をし、さっきの続きを促した。草薙さんはサングラスの奥の瞳をわずかに細め、ああ、と思い出したように笑った。

「伏見は良い子やからなぁ。八田ちゃんが奪われたとられた、って言われても、あからさまに悪口ゆうたり暴力ふるったりせんから。お前のそのかしこい頭なら、もっとうまく八田ちゃん誘導して、吠舞羅のこと憎ませて離れさせることも出来るんやろうに」
「……できませんよ、そんなの」
「そうやな。だからこうやって、一人で苦しんで、泣いて、のたうち回っとる。ほんになぁ、そういうところは子どもらしくてええんやけど」

 紫煙をくゆらせそう言い終わる草薙さんを、強く睨む。だから子ども扱いをやめてください、と厳しい視線を投げかけるも「そんな怖い顔せんといて」と苦笑いされると、どうしようもない。こっちは気まずい顔でまたカウンターに伏せるしかなくなる。
 ほんまになあ、ほんまになあ。まるで昔話の語り手のような言い方の草薙さんは、小さく笑う。


「しんどいなぁ、しんどいなあ、伏見」












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猿の個人情報なんて覚えてないし曖昧ですダブルピース