BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

鬼白鬼 つんつん ( No.794 )
日時: 2014/03/24 23:49
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: OMeZPkdt)







 きらいきらいもすきのうちなのよ、鬼灯様——何時かの話、お香さんはそう意味ありげに微笑んでいた。その時の自分は次にやらねばならない仕事のことを考えていたため、たいしてその言葉には思うところもなかった。
 しかしまあ、こうして少しだけ時間が出来て考えてみれば、なるほど、彼女はこのことを暗に告げていたのだということがわかる。首に絡みつく二本の腕に辟易しながら、はぁ、とため息をついた。

「お前さ、何でそう僕といたら不機嫌そうになるわけ? 一応恋人同士なんだし、もっとこう、普通の恋人みたく密やかに愛をはぐくもうとか思わないの?」
「生憎こちとら三徹目でして。脳味噌が常に夢見心地で浮遊しているような貴方とは違い、私は今非常に疲れているんです。離れてくださいませんか、背筋から鎖骨にかけて伝わる貴方のねっとりとした体温が不愉快極まりない」
「はあ? そりゃお前が仕事のせいで寝れてないのは大変だと思うけどさぁ、でもあれだろ、普通はこういうとき、恋人の元で安らかにすよすよ寝るってのがセオリーなんだぜ? なのにお前ときたら恋人の体温すら嫌がるの?」

 ただでさえ吊り上がっている目が、私の明らかな意図を含んだ言葉にさらに吊り上がる。ただでさえ不細工なのに、怒ると余計に不細工かつ醜悪な顔だ。そう言い返すと必ずといっていいほど「その言葉そっくりそのまま返してやる! 胸糞悪いけどボクとお前の顔はよく似てるんだからな、お前だって不細工さ!」と肩をすくめて悠々とほざいてくるので、あえて答えはしなかった。

「……おい不細工亀、なんとか言えよ。耳にまで金魚草飼ってるんじゃないだろうな」
「前言撤回したって遅いですからねボンレスハム」
「はは、前言撤回なんてするもんか————って、おい、ちょ、待っ、肉切り包丁は駄目切れる切れる切れる!!」

 ほら、またいつもの通りである。
 ちょうど数時間前に使っていた肉切り包丁(念のため言っておくがあくまでも肉料理を作る際に使用したものだ)を白豚の頬に押し当てると、ふぎゃあと発情期間際の猫のような叫び声があがった。全く、色気の欠片もない。だがしかし色気がないのはこちらも同じだ。こいつと私は認めたくないが似ている。いろいろと、まぁそれなりに。
 あまりにも煩いので諦めて包丁を手放すと、ようやく白豚さんはその口を閉じ、先ほどまで私に睦まじく寄り添っていたのなんて嘘のように、ずささ、と一定の距離を測った。胸に手をあて、ひいひいと呼吸を必死で行っている。ジジイが、息もろくに出来なくなったか。

「お前はそうやってすぐ暴力に持ち込む! たまには女の子みたいに優しく艶やかにボクに対処してみろ! 唇でボクの口をふさいでみるとかいろいろと道はあるだろが!」
「嫌ですよそんな売れない少女漫画みたいなの。そもそも私がそんなことしても、貴方喜ばないでしょう」
「……あ、確かにそうだ」

 ほんとだぁ、と酒も入り多少浮ついた様子の淫獣はけらけらと笑う。お前がそんな風に素直だと気持ち悪いよね、と頷いているところなぜだか無償に腹立たしく思える。自分から言っておいての話だが。
 白豚が笑った拍子に、こちらに深い酒の香りが流れてきた。私はウワバミなので酒が嫌いというわけではない、むしろ好んで口にする方だ。しかしやはり、節度を守らない人間の肺腑から生み出された酒臭い吐息には虫唾が走る。顔をしかめると白豚は、ふは、と自嘲気味に笑った。

「ほーんと、お前ってそういう顔しか出来ないんだね」
「今さら何を」
「……ていうか、僕らがこんな風でしかいられないっていうのかな。んん、なあ、僕もお前もさぁ、一応恋人同士だよな?」
「自分でもなぜこんな尻軽万年発情淫獣にうつつを抜かしているのか認めたくはありませんが、まあ、そうでしょうね」
「なのになぁ。……何で好きのひとつも言えないのかねぇ、お互いに」

 知るか、と一蹴しようとした矢先に、ぐいと顔を近づけられた。酒気を帯びほんのりと桃色に染まった顔が、ほんの後数センチというところまで迫る。盛っているのかと内心構えたが、そうでもないらしい。事務的な確認のように私の顔をじっくりと眺めた後に、はあ、やっぱりね、と白豚が頷く。

「僕、やっぱお前の顔見てもイライラするんだよなぁ。いや、僕に似てるとだけあって綺麗な顔だと思うし、そこそこイケてるとは言ってやらんこともない朴念仁面だと思うよ」
「……目の前の角が凶器であることを理解していないんですか貴方は」

 私の低い声に、わずかに白豚がたじろぐ。だがこいつは知識に関してと人を言いくるめることの二つにかけては長けている。「まあ聞けよ」と呆れを含んだ声色で話を続ける。

「結論としてはさ、なんで僕らこんなにお互い嫌いあってんのかなって話だよ。うーん……身体はつながってるしこうして恋人にまで持ち込めたんだから、後は意識の問題だとは思うんだけど」
「意識ですか。無理ですね。貴方のその下賤な風貌と軟派な行動には吐き気を通り越して最早悍ましさを感じます」
「僕もだよ。お前のその世界を呪い殺してやろうとする魔女みたいな吊り上がった目つきとか人に加虐することで悦を覚える不可解な性格とか、耐えきれないものが多すぎる」
「……それでいいじゃないですか、別に」

 いい加減に酔った人間と語るのも疲れた。そもそも私はこうして自分の持つ感情についてあまり考察を深めたくはないし、自分たちがなぜこのような奇怪な関係に陥っているのかも認めたくない節がある。
 要は、ほとんど投げやりのつもりで発した言葉だった。
 どうせ目の前の白豚は私のことを完全に好きにならないだろうし、明日になればまた意気揚々と二日酔いで痛む頭を抱えてそのあたりにいる女性に手を出しにいくのだ。まるで今日私と会ったことも、その夜自体を無かったことにして。
 ならば別に——そんな思いをこめて言ったのだった、が、私の返答に白豚はびっくり仰天というような驚きの表情になった。

「は? いい訳ないだろ。だって僕、お前のこと好きなんだから」
「面倒な男だな……じゃあ勝手に好きでいたらいいじゃないですか。こちらとしては実に不愉快極まりないことですが、さすがに個人の好みまではあれこれ言いませんし」
「お前も僕のこと好きじゃないと意味ないだろ? 何言ってんのお前、閻魔大王の第一補佐官ともあろう男が情けない」
「……だから、別に私が貴方のことをどう嫌おうと私の自由でしょう。こうして身体は交わっているんですから、それ以上は求めないでください」

 だって、と思わず私は言ってしまった。
 お香さんのあの言葉を。

「きらいきらいもすきのうち、と言うじゃないですか」
「それはそいつの全てを好きになれない奴の詭弁じゃない? 愛することに臆病な奴の気障な科白だよ」

 その言葉は呆気なく、目の前の男によって払いのけられる。
 酒臭く、顔が真っ赤なくせに、やけに調子づいて。肌蹴た胸元を直すこともなく、先ほど私が牙を剥いたことを忘れたのか、またへらへらと笑いながら腕を伸ばしてきた。ゆるりと首元に巻き付いた両腕は、そのまま私のうなじへと誘われていく。

「僕はお前が大っ嫌いだけど、それを愛だとは思わないよ。この嫌悪はお前にしかやんない特別なものだし。何しろ認めちゃったら愛を捧げてる女の子に失礼だよねぇ」
「お前は最低のこと言ってる自覚はあるのかこのもうろく爺、とお聞きしたいですね」
「何言ってんの。これがお前への最高の愛の告白だよ。わかんないかねー、このセンス」

 にやりと嫌な笑みを浮かべ、白豚は人差し指をこちらに突き付けた。相変わらず距離は近く、酔っ払い特有のうざったさと臭いがある。

「お前なんて大ッ嫌い。それだけは変わらないから、安心して僕に愛されてばいいよ!」
「……貴方今自分がどれだけ論点やら結論やらをぶっ壊した発言してるか気づいてます?」
「とにかく僕がお前のことを愛してるんだから、いいだろ、なんでも」

 本格的に酔いが回ってきているのか、言動が何時にもまして狂っている。吊り上がった眼の奥に眠る瞳はやけにぎらぎらとしていて、欲を満たさんと輝いていた。うなじに触れていた獣の手が、やがて首筋から鎖骨の辺りへとゆったりと移っていく。

(嗚呼、クソ……)

 悪態をつくことも何だか煩わしく思えて、黙ってそれに応える。
 大嫌いな男の大嫌いな温もりが、やがて身体全体に集った。ぎゅうと抱きしめられながら、大きく息をついた。無論、安堵などではなく、ため息の方で。
 この胸を占める感情が嫌悪か愛なのか、最早私には判断の仕様が無かった。









■すきよすきよもきらいのうち



 それも恋だと笑ってくれたら。きっと報われていた。









*******

書いてる本人も意味がわからない鬼白鬼
2人ともだいぶこじれてだいぶつんけんしてる方が好みです はい