BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- 日猿 血をなめる猿 ( No.798 )
- 日時: 2014/04/02 02:40
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: 35AN48Qe)
伏見さんのほそっこい手首とカッターの鋭い刃先の間には障害物など空気しかなくっていうか空気って障害にもなんねえよ的な状況でありましてそれはつまり伏見さんの持つ100均で返そうなちゃちなカッターナイフが自らの白い手首を掻き切ろうとしているわけでありまして、というところで俺はようやく叫び声をあげ行動に移せた。
「ちょ、まてええええええええええええ!?」
「ゲッ」
一瞬、伏見さんが、あの綺麗な女みたいな顔が、驚きと気まずさに染まる。しかし手首を切る意志までは、俺の叫びは止められない。やむを得ず馬鹿みたいに手のひらで遮ってしまった。
何を遮ったかって? カッターの刃を。生の手のひらで。
俺は確かに体育会系馬鹿キャラとしてセプター4の中で位置づけられているが、まさかこんな土壇場ですらそのキャラが立つだなんて思いもしなかった数コンマ前。
「ぎ、え、い゛い゛!?」
みっともなく4文字だけ、断末魔をあげた。
思ったよりもカッターは鋭い。ぎゅり、と包丁みたいに丁寧に俺と親指と人差し指の間を断ち切ってくださる。ぐいぐいと力任せに押されているような感覚は、逆に手から刃を生んでいるような奇妙な錯覚を作り出している。痛いという圧迫感はどう足掻いても苦しみしかなく、血が吹き出る感触は久々だった。
気の済んだのか、やがてその圧迫も止む。あまりの痛さに呼吸を忘れていた。は、は、と走り終わった犬みたいな呼吸を繰り返す。額辺りの毛穴からはびっしりと冷や汗が滲んでいる。背中や脇からも、これ程かいたことがあろうかというぐらい、嫌なじめっと感。
「……アンタ、マゾですか?」
「ふ、ふじみざん……リスカずぐったあいでにそれはない……それはねえっスよ……! いでえよお゛……!」
「アンタが勝手に入り込んできたんだろ。てか俺の行動まじまじ見てんじゃねェよ邪魔すんな」
「ふぬぬ……!」
人に血を流させておいて、よくもまあつらつらと!
今の俺が万全な状態ならここで拳を振り上げ人の命がいかに大切であるかをそれこそ某金色な八な先生のように説いてやるところだけれど、悲しいことに、今の俺はカッターにやられた痛みでまともに立てすらしない。膝から崩れ落ちてしまった。しかも、目の前の伏見さんという深窓の令嬢風少年は年下ながらに俺の上司であり、口答えすら危ない相手なのだ。
だらだらと、俺の右手からは惜しみなく赤色が流れていく。伏見さんが大好きな赤色だ。伏見さんは眼鏡の奥のたれ目をわずかに喜色に染めながら、はあ、と呆れたように俺に言った。
「…………でもまあ、次、室長に書類出さなきゃならなかったから」
「う゛え?」
「また怪我してたら、伏見君どうかしたんですかだの、お茶でも飲んでいきなさいだのうるせェだろうし。……俺の行動を見てたことはキモイし許容できないけど、止めたことは、時間的に許してやる」
「はあ…………あ、ありがとうございます……?」
「次止めたら、二度と女抱けないようにしてやるから」
女の子を抱けない身体にされるということは、二通りの意味があって。それは率直に俺の息子をそのサーベルで切り取ってもいで鍋にしてやるという意味なのか、はたまた伏見さんの貧弱な身体(そこがそそるのだが)にしか欲情出来ないようになってしまうという意味なのか。俺としては断然後者がまだアリなのだが。
とかなんとか考えているうちに、俺の右手に、伏見さんの冷たい指が触れた。
普段伏見さんは人の体温を嫌がるタイプの人なので、その行動に驚いていると、なんと伏見さんはそのまま俺の右手、いや、血が流れている箇所に口を寄せた。
「え゛」
思わず声を発してしまう。
その間にも、じゅう、と伏見さんの薄い唇が、あの終わりかけの桜みたいに色のない唇が、口紅を塗ったみたいに真っ赤に濡れて、俺の傷を食む。ちょっと待って俺がなんか病気持ちだったらどうするんすか、と突っ込みたい気持ちもあったが、その光景があまりにも壮絶過ぎて言葉にならない。
カッターで切られたため傷は深いらしく、縦に綺麗に入っていた。伏見さんはその傷を慈しむように、丁寧に舌で上下を舐める。その度に涙が出るほどの激痛が俺には走るのだが、伏見さんの横顔が、その行為によってアドレナリンが放出されているのでたいして気にならない。ちゅ、ちゅ、とキスのように見えるその行為は、正直そそった。
何気なく、血の味を楽しんでいる伏見さんの双眸に目をやる。長い睫毛を伴う伏見さんの濃紺の瞳は、これまでに見たことのない情欲に満ち溢れている。何かを求めようとするその色気は、なぜか血のみに注がれていた。俺なんて見ちゃいねえこの人。
「あ……あの、ふしみさん?」
深夜の勤務室で、しかも二人きりでそんなことをするのは何だかいたたまれなくなって(いつもはもっとすごいことをしているのにも関わらず、だ)、恐る恐る声をかける。だが伏見さんはちゅうちゅうと唇を伝わせるばかりで、言葉はくれない。
指がもげそうなほどの痛みとは別に、じりじりとした熱のような何かが、触れた唇から伝わってくる。傷口から染みこんできているようだ、なんて、妄想をしてしまう。伏見さんの唇から分泌された媚薬が、俺の傷口を潤している、なんて。
(やば……い! これはやばい、いやマジで!)
心臓がばくばくと音をたてはじめる。ぬめりを帯びた伏見さんの舌が、剥き出しの俺の肉を丁寧になぞる。その度にぞくぞくと背筋に走るのは、快感にも似た何かだ。カンカンカンカン。脳内で警鐘が鳴り響く。
ぴちゃぴちゃと音をたてて傷を噛む伏見さんに、肌伝いに感じる整った歯列に、動悸が早まっていく。
「あの、伏見さん! ちょっとこれは、」
情けない程に、切羽詰まった声をあげると。
黒縁眼鏡のフレームの、向こう岸。濡れた伏見さんの瞳と、初めて視線が交わった。
さっきまでのギラギラした目は錯覚だったのだろうか、と疑いたくなるほど、いつもの表情だった。しかし唇は俺の血によって真紅に色づき、まるでドラマに出てくる殺人鬼のような風貌だ。
にい、と、その赤い唇で微笑まれる。仏頂面ばかりで、いつも不機嫌そうに舌打ちばかり奏でるその唇が、愉悦に浸る。
嬉しそうに楽しそうに、俺と視線を合わせたまま、ちろ、とその舌を動かしてみせた。
(……ああ、なんだよ、そういうことか)
伏見さんの、全部骨みたいな薄い身体を組み敷きながら、はたと足元に転がっているそれを眺めた。布石であるカッターナイフの刃先には、乾いて赤黒くなり始めた俺の血が、べっとりとこびりついている。
伏見さんが舐めていたはずのそれは、成分的には同じもののはずなのに、やけに汚らわしいもののように思えた。
■唇に毒
(即効性がありますので、相手には十分お気を付けください)
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日猿大好きですね
すが*しかおさんの19才をイメージしてます