BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

有頂天 三→弁 ( No.799 )
日時: 2014/04/03 00:03
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: 35AN48Qe)




 弁天様の藤色の髪の毛がふんわりと風に揺れた。彼女が人間だったころは、その髪はまるで絹の糸のようにさらさらと空に溶けていたものだった。しかし天狗となった今では、長いと空を飛びづらいのだろうか、肩辺りで前下がりに切ってしまわれている。言い方は悪いが、顔が整っていることには変わりはないので、髪型の違いなど彼女にとっては些細なことなのだろうと思われる。
 だが、しかし。いや、しかし。

「弁天様は、もう御髪を伸ばされることはないのですか」
「あらあら矢三郎……貴方は今の私がお嫌いなのかしら」
「いえ、そういう訳ではありません。ただ、このように気温が低い日が続きますと、首元が心もとないのでは、と」
「そうねえ。確かに少し冷えるかもしれない。そうだ矢三郎、貴方が毛玉に変身してくれたら全て解決するのではないかしら? もしくは、あの可愛い女学生姿になって、思い切り私に飛びついてきてくださったら、多少は温かな心持になるかもしれないわ」

 くすくすとおかしそうに口元を綻ばせる弁天様。艶のある唇が弧を描く度に、どうしてか狸の心はぐらぐらと揺れまどってしまう。月夜の力のせいだ、と自らを鼓舞し「論点がずれています弁天様、」と素知らぬ顔をした。

「どうしてかはこの阿呆には見当はつきませぬが、弁天様は、あまり御髪を伸ばさないようにしているようにお見受けしています。先月も、雪の降るようなとても寒い日になぜか切ってらしてじゃないですか」
「女性の美的感覚に従ったまでよ」
「そうです。その通りだと、最初は思っておりました。女性特有の考えあってのことと思っておりましたが……しかし、私は、それが何か別の意味を孕んでいるのではないかというように探ってしまいます」
「へえ。例えば?」
「例えば、弁天様は、昔のような自分に戻りたくない——とか」
「貴方にしては面白い発想ね」

 少しでも揺らいでくれるかと期待していたが、そうはうまくいかないようだ。
 弁天様は夜空を背景に微笑を浮かべるのみ。私のような毛玉風情の言葉など意にも介さない様子で、手元のグラスを弄んでいる。彼女の否定も肯定も、グラスの中でちゃぷちゃぷと揺れるばかりで、その味も香りも私には教えてなどくれない。

「貴方の推測はでたらめよ、矢三郎。これはただの好みよ。私はね。短い髪の方が好きなのよ」
「……やはり、そうおっしゃるのですね」
「ええ。だって事実だもの」

 事実は事実以外の何物でもないのよ、矢三郎——弁天様は空々しい程のありふれた言葉を、呟いた。
 うつくしい人だ。とても。私の問いに応えたその横顔はあまりにも綺麗で、そして胸を締め付けるほどにさみしい。あの頃のような子どもらしい無邪気な笑顔は未だに私の瞼の裏に残っていて、よりこの虚しさを増大させる。


「でも、でも私は——昔の貴方の方が、ずっと、何倍も」


 す、と。思わず言いかけた言葉を、慌てて飲み込む。続きはたったの二文字なのだが、その二文字こそ私のような毛玉には重要でありそして深い思慕を含んでいるものなのであった。
 胸をじりじりと焼くような熱を感じながら、ちらり、と気まずさついでに弁天様の顔色を窺う。
 弁天様は突然大声を発した私を物珍しそうに眺めていたが、やはり、表情は笑っていた。紫の双眸が月光によりきらきらとガラス玉のように輝いている。肌の白さが夜闇にくっきりと際立ち、指先から手首までの細さがやけに生々しく感ぜられた。
 ああ、と、その耽美さに吐息を穿つ。
 月を背負い優雅に笑むその人があまりに美しくて、私はきゅうきゅうと胸が痛むのを感じた。











■色は匂へど、散りぬるを




 私は、昔の貴方を愛していたのに。





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矢三郎と弁天様の関係がすきです
弁天様が悩む気持ちも、天狗じゃないけどわかるようなわかりたいような気持になります
好きだから食べて全て自分のものにしちゃいたいけど、そんなことしたらなくなっちゃうっていう喪失感は得たくなくて、右往左往、右往左往。

げへ