BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- 第懺話・・・あだばなが、くれたもの。 ( No.317 )
- 日時: 2011/09/26 20:10
- 名前: マッカナポスト ◆dDspYdvRLU (ID: U2xUI64X)
- プロフ: http://www.youtube.com/watch?v=ujzPrfdXLrA&feature=related
皮肉な事に。
生まれる前から、藤堂家の6代目住職兼霊媒師としての運命の羅針盤を強制させられていた虚は。
修道院で生まれた。
理由は余りにも簡単だった。
出産予定日より2ヶ月早い早産。
修道院の目の前で破水が始まり、それを見かけた修道女たちが修道院まで母を運んだ。
それで結局、かなりの未熟児とはいえ何の滞りもなく生まれてきた。
只それだけの事である。
でもその事が少なからず、いや、大いに藤堂家に影響を及ぼす事になったのは、必然的ともいえよう。
仏を信じ、毎日般若心経を唱えるのが日課となっている仏教の名門、藤堂家から、キリストを敬い、毎日教会で懺悔やらお祈りやらを捧げるキリスト教の修道院で生まれた子供がいるのだから。
裏切り者が現れた、この家は滅びるだの何だの茶化す年寄りなんて、いたとしても当然だ。実質何人もいたが。
藤堂家を揺るがす大事件と言っても過言ではない。
でも、頑なにその存在を拒む者に対して、新たな神の融合だ、これは神の子だ、と持て囃す者も沢山いた。
今でも虚が敬っている虚の祖父も、その一人だったし、現在茨城の分家の方で虚がお世話になっている犀霞も、その一人だった。
その理由は藤堂家が純粋な仏教ではないからだろう。
常に曲がった道を進む事を恐れず、ただ天邪鬼に新たな常識に囚われない宗教を謳っていたから。そのせいで『ひねくれの藤堂家』と言っても名が通るほどの大きな宗派となってしまったのも残念ながら事実である。
例として、藤堂家の人物の名前である。初代の名前が藤堂錆硫という何処となく不吉でややこしい名前だったが為に、意味もなく変な名前が一種の伝統となってしまった。
余計なお世話である。
そんな名家に大きな裂傷を生む形で生を受けた彼は、『虚実』という意も込めて『虚』と名付けられたのであった。
その名の真意は誰にも解らないままだが。
その後何の不自由もなく、寧ろ裕福な暮らしをしてきた虚は、妖艶で美しい顔立ちとは裏腹に案外面倒くさがり屋で天真爛漫な性格をしていた__一言で言えば『マイペース』といった所か。
友人も多く、かなり女子からの支持もあったので何度も告白され、バレンタインデーには漫画のように大量のチョコが下駄箱に詰め込まれていた。
城ノ内源といういい意味でのライバルもいたし、どちらかと言えば冷酷無比な源と比べると先生からも児童からも評判がよかった為、虚という存在はクラスの中心人物となっていた。
文武両道で男女双方に対して優しく、天はニ物を与えずという言葉が全く当てはまらない、所謂完璧少年藤堂虚は、最高の形で小学校からの門出を迎えた。
【仮】
春休みとは、新たな道を歩むための準備期間であり、一番学校の恋しくなる時期なのだろう。
小学校のメンバーの殆どは、同じ成城中学校に通う事になっており、対して変わらない、普段どおりの生活が始まろうとしていた。
笑顔が溢れる、青春の中学校生活が待っている。
……筈だったのだが。
もうこの時点で、家庭は半ば崩壊しかけている。
虚の精神状態ももうぐちゃぐちゃで。
今にも命の灯火が消えそうなほどに。
藤堂家は追い詰められていた。
藤堂家の大黒柱として、寡黙ながらも頑固に家庭を支えてきた祖父の、急逝だった。
急性クモ膜下出血だった。
大変な辛党で、毎日ウイスキーをラッパ飲みしているような人間が、病に罹るのも当たり前なのだろうが。
此処まで衝撃が大きいとは思わなかった。
あまりに非現実的だった為、虚は葬式の時もまったく泣けなかった。
だが大変なのは此処からで。
両親の遺産相続の問題で家族中が喧嘩沙汰になる。
『所詮世の中金なんだよ、希望を持とうが何しようが、只の紙切れで全てが変わり、全てが終わる。それだけは忘れるな』
ウイスキー片手に祖父がよく言っていた言葉が、おぼろげながら虚の心に木霊した。
遺言は確かに書いていたのだが、その遺言を見つけた際に母が無断で封を切ってしまい、さらにその相続先が母になっていた事で、『態と書き換えたのではないか』というくだらない疑惑が浮上し信憑性が全く無くなってしまった。
弁護士事務所までに世話になり、法律上遺言は確認無しでは封を切ってはならないという事を知らされ、その相続金は母の妹と母とで半々にされる事になった。
それを知らされた時の母の、落胆し、狂ったような血走った眼は今でも忘れられない。
虚はそんな金に溺れる家族の姿を見て、只管に、静かに泣いた。
誰もいない暗闇の寝室で、布団に包まりながら。
もう安心できる居場所が、此処しかなかった。
家が家としての役目を果たしていなかった。
何もかも破り捨てたくて。
あの頃に戻りたくて。
こんな時に笑顔を作れる自分が恐くて。
もう、精神的にも、肉体的にも、限界だった。
そんな中で。
回覧板を渡し終えた虚が、いつもの様に重苦しい雰囲気を湛える藤堂家の門戸を開くと。
其処には見た事もない、厳つい男が三人と女が一人、居座っていた。