BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

第五十六話・・・牢獄と囮 ( No.368 )
日時: 2012/01/28 17:37
名前: マッカナポスト ◆dDspYdvRLU (ID: 0hhGOV4O)

すっかりピークを過ぎ、冷たい隙間風が通り抜ける閑散とした工房内。

虚が客相手に長話を続けている声以外は、全くの無音である。
そろそろBGMでも付けた方がいいのではないだろうか、何て思ってしまうほどの空虚感が体に纏わりつく。

周りの状況を伺う拓夢。

そして、人の目を盗むかのように拓夢はそっと席を立った。
まあ、いつもの事だ__すぐ傍にいる優大は気にも留めない。





「また今日も出かけるの?」優大の言葉が拓夢の脳髄に突き刺さり、びくびくしながら拓夢は後ろを振り返った。
「はひゃいっ!!?」
「ああ、えっと、うううう、うん、コンビ……ニ行くんだ」
「そんなにおどおどしなくてもいいのに__行ってらっしゃい」思わず顔が綻ぶような優大の温和な笑みに、拓夢の心は高ぶる。

「自転車で大丈夫なの?」
「結構遠いから徒歩は大変だし、大丈夫だよ」
「気を付けてね、下滑るから」
「うん、行ってきます」





今日は一面の純白___粉雪の舞う幻想的な日暮れ。
徒歩には打ってつけの見惚れてしまう様な光景が、そこにはあった。

しかし。
優大の心配は的中したのである。
徒歩ならばまるで天国のよう__言うなれば桃源郷がすぐ其処にあるかのような風景が広がっている。


だが。


自転車に乗ればその風景は一変するのであった。
前方からびゅうびゅうと叩きつけるような向かい風が襲い掛かり、拓夢の柔らかな素肌に突き刺さる。
寒いとかいうレベルではない。
単純に『痛い』のだ。


「歩きにすればよかった……痛っ……」口に出した拓夢だが、決して自転車から降りようとしない。拓夢の数少ないプライドなのだろうか。


「今は耐えるのみ……と」

そういって再び立ち漕ぎを続ける拓夢であった。
___男気すら感じる。





それから十分後。
ようやく着いたコンビニ。
これだから下町は困るのだ。

「いらっしゃいませー……」気力のない店員の声に若干苛立ちを覚えながらぶらぶらと店内を歩きまわっていると、
後ろから声がかかった。


「あら、拓夢じゃない」あまり色気を感じさせない、化粧っ気のない女は拓夢を指さし、にっこりと微笑んだ。




「おおお!姫威さんじゃん!久しぶり!!」
「久しぶりとは失礼ね、まだ最後に会ったの三か月前でしょ」
「三か月って結構前でしょ……」
「まあそれよりさ、今時間ある?久々に話したいんだけど」
「久々って自分で言ってんじゃん__いいよ、ファミレスでいい?」






そんなこんなで自転車を引きずってファミレスへ向かう。
道中は足元が滑りやすいがどうも会話が弾む。

「なんでコンビニなんて来てるわけ?工房はどうしたのよ」
「僕はただ工房が暇になったんで優ちゃんに許可もらって散歩してるんです」
「貴方放浪癖があるの……?大丈夫かしら」
「大丈夫だっつーのっ!姫威さんこそ何でコンビニに?」
「そうなの……その事についてなんだけど、真織が『コンビニ行ってくる』って言ったまま帰ってこないから___」
「あいつ小学生みたいだな__で、真織の金銭面を考えてファミレスとかにいるんじゃないかっていう見解ですか」
「なかなか目敏いわね……ほぉら、着いたわよ?」





ファミレスで__一番客の少ない時間帯だからか__半ば占領状態で四人席を二人で乗っ取る事が出来た二人。

その隣には、案の定真織がいた。



「「真織!どこ行ってたの!」」同時に二人の声が店内に木霊す。


空気が張り詰める。


「拓夢!!お前の事探してたんだよ!!」しかし真織の顔は緊張感に満ちるどころか、晴れやかな顔へ変化した。
「どういう事だよ?」
「お前の進展について聞こうと思って__工房の契約が終わったら拓夢、どうするつもりなんだ?」

そこで空気を読んだ姫威は、「ライブに間に合うように、早めに帰ってくるのよ」とそっと真織に耳打ちした後、足早に店を去って行った。
どうやら奢ってくれないらしい。

姫威が去ったのを見届けると、真織は真剣な面持ちで拓夢に問うた。





「お前は___どの道を歩むんだ?」