BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- 最終話・・・メイドと追っかけと職人と巫女と ( No.399 )
- 日時: 2012/06/09 19:52
- 名前: マッカナポスト ◆dDspYdvRLU (ID: tgcfolY3)
- プロフ: 多大なる応援本当にありがとうございました
確かに目の前に、
宿敵__にしては残念至極なルックスの人間が立っていた。
いつものように異様な存在感と仄かに汗の臭いを漂わせながら。
だがしかし。
何故だか明らかにいつもと違うのである。
何がなのかと言えば_____
瞳に溢れんばかりの涙を溜めていた、こと。
「菅野優大__」何かと思えば自分の名前を口にする政孝。
だがしかし。
その声すらも明らかにいつもと違っていた。
涙声で鼻声気味であるのは勿論の事____
いつもの鼻息の荒い豚を彷彿とさせる声ではなく___
それは、
色気すら感じさせる優しい声だった。
明らかに何かが違っているが。
明らかに政孝であった。
「・・・・・・あの____?」優大は訳も解らず浮ついた声をあげるのみ。
「優ちゃん、今まで隠していて本当にごめん」拓夢は自分の恥を晒すような表情で呟く。
「簡単に言えば」
一息ついて、今まで隠し通してきた真実を告げる。
「『政孝』という人間は実在しないんだ」
そう言って拓夢は、意地悪いいつもの笑みを笑みを作ってみせた。
「え・・・・・・?」
「わかりやすく言えば、政孝という人間は、僕の追っかけでも何でもなくて_____っ、政孝という人間のふりをして、僕を追っかけているという大嘘をついて____実は」
「優ちゃん、君の為にこの男は、今までずっと、大嘘をついてきたんだ」
意味がわからなかった。
今まで俺はずっと、
拓夢に再会して、
虚にも再会して、
源にも再会して、
禅にも再会して、
過去を語り、
過去を知り、
過去を想い、
全ての悪い過去を解決できて____
それは全て、
神がくれた運命なのだと思っていた。
そんな拙い妄想は、一瞬にして脆くも儚く崩れ落ち、
今この瞬間、自分にえもいわれぬ感情が襲い掛かっている。
「菅野優大___いや、優ちゃん」
そう言ったのは、
拓夢でもなく、
工房で絆を深めた仲間でもなく、
間違いなく、
目の前に立っている、
政孝だった。
菅野優大のことを『優ちゃん』と呼ぶのは、
拓夢ともう一人、
かつて仲の良かった友人、
吉岡のみ____
充実した大学生活を、黛禅こと沢村禅によってあっけなく壊された、
皮肉っぽくて、
付き合いが悪くて、
悪趣味で、
ぶっきらぼうな、
大切な親友。
「もう分かったかな?」政孝こと吉岡はそう言って、おもむろにズボンにしまっていたシャツをひっぱりあげる。
すると。
ポロシャツの裾から滑り落ちるように大きなボールが落ちてきた。
そして、流れに任せて顔の皮膚__と思われたものを引き剥がす。
そうすると、その剥がされた皮膚の下から、端正な顔が現れた。
そしてまた、髪の毛と思われたかつらを取り、二の腕の贅肉と思われたものを引き剥がし、それとほぼ同時に足の贅肉と思われたものをも引き剥がした。
「僕は吉岡忠政・・・・・・君に会いたいがために、僕はずっと」
嘘をつき続けたんだ。
そんなドラマチックな台詞を吐きながら、優大をまたも惑わせた。
確かに、吉岡が優大に会えない理由も解る。両親の英才教育故、バイトの日以外休日一人で家から出ることも許されなかった彼に、優大と会う術などなかっただろう。過去を傷つけられた禅までいるのだから尚更だ。恐らく吉岡は、バイトに行く合間を縫って、優大が禅と関わっていないごく僅かな時間をも気にしながら、政孝として関わってきたのだろう。政孝という悪役を演じてきたのも、今更目の前に現れて優大に迷惑をかけたくない、という彼なりの愛情表現だったのかもしれない。
それよりも、優大が一番愛している、当たり前な日常を壊してしまうかもしれないという恐怖からかもしれない。
「君が欲しかった日常を崩してしまったこと、本当にすまなかった」
全身全霊で謝罪した吉岡だったが、それは途中で遮られた。
「何であのお前が・・・・・・そんなに謙虚になってんだよっ・・・・・・!」
そう言って優大は、唐突に吉岡を強く抱きしめた。
「・・・・・・っ!!?」驚いたのは吉岡だけではない、拓夢や虚、源、禅、そして優大本人だった。
「___えっと、あの、え、ご、め」顔を真っ赤に染めながら優大は吉岡と距離を離した。
「いや、嬉しかったよ」吉岡は今まで言いたかったことを全て吐き出すようにして、満面の笑みを浮かべた。
そして吉岡は、ここに来た目的を告げる。
「・・・・・・僕ね、拓夢くん達がいなくなったら、ここで働きたいなと思ってるんだ」
いいかな・・・?
恐る恐る吉岡が訊くと、優大は照れた表情を浮かべながら、
「馬鹿っ・・・いいに決まってんだろ?」
と呟いた。
__それから一時間後。
「じゃあ、僕たちはこれでお別れだね」拓夢はそう唐突に言うと、別れの言葉もなく、虚達とともに工房を出て行った。
ただ一つ、
「また来るね」の一言を残して。
*
「さて、今日も開店させますかっ!」
威勢のいい声を上げ、優大は吉岡に微笑みかける。
今日も晴天。
拓夢と再会したあの日と同じ、
どこまでも青い空が広がっていた。
【END】