BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: 初恋は君だった 【BL】 ( No.106 )
日時: 2011/05/01 12:49
名前: 雲雀 (ID: aU3st90g)

番外編___僅かに残るぬくもり___

今日、久しぶりに両親の夢を見た。
姉と私が、まだ幼い頃に亡くなってしまった、両親の夢。
記憶も残らないほど幼かったから、両親の事で覚えている事など何もないはずなのに______
夢の中で触れてくれた優しいぬくもりは、どこか懐かしかった。







「ただいま」「おかえり」

そう言える家庭に憧れていた。
家に帰ると、母が迎えてくれて、姉と私で、「ただいま」と言うと、「おかえり」と言ってくれる。
そして夜になって、父が帰ってきて、父が、「ただいま」と言うと、「おかえり」と私達が返す。

そんな事、と思うかもしれない。
でも、私の生まれた家には、それが無かった。

例えば、私が小学六年生、姉が中学一年生の時。
姉は部活が始まり、私より帰りが遅くなった。
家に帰ると、真っ暗な部屋がそこに在って、「ただいま」と言っても、帰ってくる言葉はなかった。
そんな瞬間が、私には一番辛かった。

姉が帰ってきて、「ただいま」と言ってくれて、「おかえり」と返した時は、とても嬉しかった。
それでも、「おかえり」という言葉は、私の心の中に空洞をつくった。







例えば、小学校での運動会。
クラスメイト全員の親は来ているのに、自分の親の姿は無かった時。
100m走で1位をとっても、誰も褒めてくれなかった。
自分の後ろで、クラスの友人が、母親らしき人に、「すごいね」と褒められながら頭を撫でてもらっている時。
自分が失ってしまったその存在が、ぬくもりが、言葉が、とても羨ましかった。

例えば、自分の家族を紹介するスピーチ。
クラスメイト全員、両親や兄弟の事を書いていた。
でも自分だけは、姉の事しか書けなかった。両親との思い出が無いから。
私は姉が好きだったから、その事は特に気にならなかった。
でも、やはりクラスメイトが両親の事を話している時は、胸が痛かった。

例えば、家庭訪問の時。
私には姉しかいないから、先生は来ない。
高校生や大学生なら、大人と言ってもいいのかも知れない。
でも、小学一年生の妹をもつ、小学二年生の姉に話は聞けないのだろう。
だから、私の家に家庭訪問はない。

他にも色々ある。
例えば家事のこと。普通は母親から教わる事なのかもしれない。
でも私には母親がいなかったから、本を読んで知った。
例えば昔話。クラスの皆は、幼い頃父親や母親に読んでもらったと言っていた。
でも私には、その『読んでくれる存在』がいなかったから、皆からどんな話があるのかを聞き、図書館で探して読んだ。
例えば写真。クラスの皆は両親と写っているものが多かった。
でも私はいつも一人だった。姉が写真を撮っていたからだ。
他の人に撮ってもらえばいいのだが、そうするのも気が引けて、いつも一人。

色々な事が、周りの人よりも欠落していた。
だからいつの間にか、自分の感情を殺していくことが多くなった。
私はいつも友人に、「霧谷さんって、いつもポーカーフェイスだよね。格好良いなぁ」と言われる。
でも私から見れば、色々な表情が出来る、その友人が羨ましかった。
ちゃんと人間の感情をもったその表情が、とても羨ましかった。







両親の夢を見終わった後、私は自分でも分からないうちに泣いていた。
頭を撫でてくれた優しい感触。自分の名前を呼ぶ柔らかな声。
そればかりが、自分の脳裏に深く刻み込まれた。

きっと______と思う。
きっと、両親は自分達を愛してくれていたのだと。
写真も無くて、顔さえ分からない。それでも、大好きだった両親。
17年間、何も望まなくなってしまった心が、満たされた気がした。

お父さん、お母さん、ありがとう。
あなた達の娘に生まれてこれて、本当に良かったと思うよ。
だから、もう心配しないでね。
愛されていたという事実だけで、私は頑張れるから。
過去形になってしまったのは悲しいけれど、それでも頑張るから。
いつまでも、見守っていてね。
大好きな両親へ。
今まで、ありがとうございました。

部屋の窓から見た、朝を待つ夜明けの空の向こうに、大好きな笑顔を見た気がした。
『ありがとう』『大好きだよ』伝えきれない言葉は、朝日の静寂の中に溶けた。