BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: 初恋は君だった 【BL】 ( No.126 )
日時: 2011/05/31 22:34
名前: 雲雀 (ID: aU3st90g)

月明かりのみがその場を照らす森の中で、二人の少女の視線が絡み合う。
辺りを静寂が包んでいて、聞こえるものと言えば、時折吹く夜風の涼やかな音のみだった。

「また……泣いていたんですか……?」

飛鳥が、静かにそう訊ねた。
伊織は否定も肯定もせず、ただ、飛鳥の静かな瞳を見据え続けた。
そして、不意に口を開く。

「飛鳥は……あの人のことが、嫌いですか?」

辺りの静寂に溶け込むような声音。
しかし風の音に消されることはなく、飛鳥の耳に届いた。

「あの人……とは?」

彼女は質問には答えず、その上にまた、質問を重ねた。
夜風が、二人の間を駆け抜けていく。

「……彼の人(あのひと)の事です……」

伊織は夜空に浮かぶ月に、再び手を伸ばす。
白い指先が、月光を纏う。

「月の色は……彼の人の瞳の色にそっくりですね……」

それでもその指先で大好きな色を拒むのは、彼の人に会いたくなるから。
もう二度と叶わない願いを、呼び起させない為。
静かな色合いを含んだ伊織の瞳は、そう告げていた。
そんな姉の瞳を見るのは、感情を押し殺してきた飛鳥でさえ、辛かった。

「____________忘れようとは……思わないのですか?」

突然吹いた風が、足元まで届く飛鳥の長い髪を揺らした。
その唇が象った言葉の意味。一度愛した人を、記憶から消すという事。
伊織は静かに、首を横に振った。

「忘れようとは思いません……たとえ忘れたとしても、一度でも愛したという事実は、永遠に消えませんから……」

そう言って淡く微笑み、「それに」と付け足す。

「私は今でも、彼の人のことが大好きですから……」

伊織の紅と琥珀の瞳から、透明な雫が零れ落ちたのは、幻覚ではないのだろう。
今でも一途に想い続けているというのだろうか。
もう二度と、相見えることさえ叶わぬ人を。

飛鳥はそんな思考を巡らせ、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。

「……っ……」

どうして、と思う。
どうして、姉はあの人を愛したのだろう。
どうして、愛しいと思ったあの人と、共に歩むことを選ばなかったのだろう。
どうして、今でも彼だけを想い続けているのだろう。
どうして、どうして、どうして____________________________________



「どうして…………っ」

その言葉を紡いだ飛鳥の瞳から、涙が零れ落ちた。
頭の中で次々と疑問は浮かぶのに、胸を締め付ける『何か』が邪魔をして、上手く言葉に出来ない。

「飛鳥……」

伊織はゆっくりと飛鳥に歩み寄る。
この世でたった一人の肉親で、大切な妹の元へと。

「私は……あの人なら姉さんを幸せにしてくれると思いました……。心から、姉さんを愛していたあの人なら……」

飛鳥はひとつひとつ言葉を探しながら、自分の思いを告げていく。
その行為は、彼女にとって、初めてのことかも知れない。
飛鳥の言葉を最後まで聞き届けるかのように、伊織が彼女の目の前で歩を止める。

「でも結局……あの人は姉さんを悲しませることしかしなかった……」

否定の言葉はない。
頬を止めどなく伝う涙のせいで視界が滲んで、伊織の表情を読み取ることが出来ない。

「私は……っ、姉さんに幸せになってもらいたかった……!!姉さんが幸せになれるなら、この命を捨ててもいいと……っ」

頭に浮かぶのは、あの優しげな彼の横顔。
その隣で幸せそうに笑う姉さん。
どうして今ここに、それがないのだろう。

「私は……っ……私……っ……は……」

すぐ傍に、優しい姉さんの気配を感じた。
温かくて、切なくて……私の大好きな、姉さんの気配を。

「私は……姉さんを幸せに出来なかったあの人が大嫌いです……」

そう言って、まるで力尽きたかのように、飛鳥は伊織の腕の中に倒れ込む。
伊織は飛鳥を腕に抱いて、ただ小さく呟く。

「ごめんね……飛鳥……ごめんね……」

それは何に対しての謝罪なのか、飛鳥には分からなかった。
ただ分かるのは、姉さんが私を抱き締めていてくれて、どこか泣いているようだということだけ。
私の髪を優しく梳きながら、「ごめんね」と、姉さんは何度も何度も繰り返した。



私は、姉さんの心を奪ったあの人が大嫌いだった。
でも、感情を押し殺していたせいで、そんなことも分からなかった。

じゃあ、私の心を奪ったのは誰?
両親でもなく、姉さんでもなく、あの人でもなく____________

そもそも私に、心と呼べるような代物はあったのだろうか?
あるとするならば、それは空虚だけで満たされているような気がする。

ああ、そうか……私の心を奪ったのは、私自身だったのか。
自分自身で感情を殺し続けたから、自分のことさえ分からない。






自分で自分に鎖をかけたあの日から、私の心なんて、この世のどこにも存在しなかったのかもしれない。