BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: 初恋は君だった 【BL】 ( No.127 )
日時: 2011/06/06 21:13
名前: 雲雀 (ID: aU3st90g)
プロフ: 「もう一度」より

番外編___消えない痕跡___

彼の訃報が届いてから、もうどれくらいの時が過ぎたのだろうか。
悲しくなかったわけではない____________が、その時の私が、涙を流すことはなかった。
特に理由はない。ただ私の瞳から、涙が零れ落ちることがなかっただけだ。
そんな私を、飛鳥は心配してくれた。
きっと、無理をしていると思ったのだろう。優しい妹に私は、「ありがとう」と、「大丈夫だよ」とだけ伝えた。
切なさを湛えた飛鳥の瞳だけが、今でも鮮明に思い出される。
私の幸せを心から願ってくれる妹を、私は傷つけることしかできなかった。







彼は数年、病を患っていたらしい。
その事を知ったのは、彼と別れる直前のこと。
もう長くは生きられないから、そういう理由だった。
それでも私は、彼の傍にいたかった。たとえ別れが迫っているのだとしても、残された時間を、彼と共に生きたかった。
でも……彼はそれを拒んだ。そんな、ほんの少しのすれ違い。
その時、私の頭を優しく撫でてくれたね。優しく撫でながら、抱き締めてくれた。
最後の時まで、あなたは私のことを愛し続けてくれたね。
そんな誠実さが、大好きだった。







「伊織」

そう私の名前を呼びながら、優しく髪に触れてくれる人だった。
後ろから抱き締めてくれたこともあったね。
「好き」と伝えた後に、はにかんだ笑顔を見せてくれたこともあった。
優しく手を握ってくれて、一緒に歩いてくれたこともあったね。

そんな風に優しくて、温かいあなたを、今でも忘れられないんだ。
二年経った今でも、変わらずに。

私を呼ぶ優しい声が、今でも耳に残っているから、まだ全ては受け入れられない。
あなたを亡くしたことや、もうその優しい声を聞けないこと。
もう二度と、その優しい温もりに触れられないこと。
その全てが、もう二度と叶わないことなら、せめて夢の中で、恋人だった頃の優しいあなたに逢わせて。

一緒に過ごした何気ない時間を、こんな風に今でも思い出すんだ。
あなたにもう二度と逢えないという事実は、まだ受け入れられない。
でももう、そんなことさえ叶わないんだね。

____________あなたの口癖。私の髪を撫でながら、「やっぱり伊織だ」って言うことだったっけ。
どういう意味なのか聞いても、答えてくれなかったね。ただ、優しく笑うだけだった。
時々そんなあなたを真似てみて、少しだけ笑うの。
でもやっぱり、あなたの言葉の意味は今でも分からない。
その声で、もう一度だけ、そう言ってほしい。

どんなに拒んでも、別れを告げなければいけない時は来るんだね。
それでも、あなたと過ごした時間は永遠だから。
あなたを想いながら、飛鳥と一緒に、前を向いて進んでいくから。
だから、どうか。
苦しみのない、優しいあなたのような世界から、私を見守っていてね。
何度生まれ変わっても、あなただけを好きになれますように____________
頬に伝った雫を、風が静かに攫っていった。