BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: 初恋は君だった 【BL】 ( No.128 )
- 日時: 2011/06/10 20:56
- 名前: 雲雀 (ID: VEcYwvKo)
番外編___記憶___
「お兄ちゃん」
そう呼ぶと、目の前にいる長身の少年がふり返った。
自分の姿を認めると、口元に自然な孤を描き、「おいで」と手招きしてくる。
その人の元へと走っていって、差し出された自分よりも大きな掌を握る。
自分の掌と同じくらいの温度をもつその掌が、安心されるように握り返してくれた。
「迎えに来てくれたの?」
そう言って、あいている方の手で頭を撫でてくれる。
撫でた本人を見上げれば、先程と同じように薄く微笑んでいた。
無言のまま頷くと、その人は嬉しそうに、「ありがとう」と言った。
「じゃあ、帰ろうか」
その人に手を引かれ、家路を急ぐ。
陽は傾き始めていて、空を紅と蒼のグラデーションが見事に彩っていた。
自分を気遣ってなのか、その人の歩くスピードはゆっくりめだ。
歩幅をきちんと自分に合わせてくれている。
そのおかげで、自分はそんな美しい空を存分に眺めることができた。
「きれいだね」
美しい空に溶け込むような凛とした声で、その人は言った。
再びその人の顔を見上げれば、少し寂しげな瞳で、空を見つめていた。
「寂しいの?」そう聞こうとしても、自分の唇から声は出ない。
せめて、と思い、その人と繋がっている掌を先程よりも強く握る。
ほんの少しだけ、その人の表情が穏やかになった気がした。
そしてお互いに強く握る。まるで、存在を確かめるように。
____________時は夕暮。天気は快晴。
茜色に染まる帰り道を、手を繋ぎながら歩いていく。
まだこの先に別れがあるなんて想像もしていない頃。
____________お兄ちゃん。
そう呼べば、いつだって振り向いて、自分に笑いかけてくれた人。
その人は、もういない。
「お兄ちゃん」
無意味だって分かっていても、呼んでしまう。
たとえそれが、叶わなくても。
「お兄ちゃん」
兄の運命を決めたのは誰?
たとえ逆恨みになったとしても、その人を憎みたい。
「お兄ちゃん……」
もうその名を呼ぶことにも疲れた。
どんなに呼んでも、声は止まらない。
「おにぃ……ちゃん……」
目から頬を伝って流れてくるこの熱いものはなんだろう。
拭っても拭っても、拭いきれない“何か”。
「おに……ぃ……ちゃん……」
その人の掌を握ってみた。
いつの日にか繋いだ、あたたかい掌を。
それにぬくもりはなく、ただただ冷たくて。
「お兄ちゃん」
声は止まらず、涙は枯れず。
もうどれほど、逢いたいと願っただろう。
でももう、そんな願いは叶わないから。
「ありがとう」
ありがとう。無知な自分に、ぬくもりを教えてくれて。
ありがとう。何をしても、許してくれて。
ありがとう。何も言わなくても、信じてくれて。
ありがとう。何も伝えなくても、愛してくれて。
大好きだったよ。
でももう、「さよなら」って言うね。
「さよなら____________」
そう言って、冷たくなった掌を離した。
____________唯。
自分を呼ぶ大好きな声が聴こえたのは、幻聴だろうか。
思わず目を見開いて、その人を見つめる。
「おにぃ……ちゃん……?」
返事はない。
在るのはただ、静寂のみ。
「……ばいばい」
そう言って、その部屋を出ていく。
もう、名前は呼ばない。もう、後ろは向かない。
もう、誰も愛さない……____________
だって愛しても、別れは来てしまうから。
それならば、最初から愛さなければいい。
そうすれば、悲しむことも、苦しむことも、全て消えてなくなる。
自分の心を闇という深淵に沈め、少年は再び歩き出す。
それは誰も知らない、少年の哀しい決意の物語。