BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: 初恋は君だった 【BL】 ( No.74 )
日時: 2011/03/26 20:01
名前: 雲雀 (ID: aU3st90g)

今の時期は学年末ということもあり、特別教室での授業はほとんど終わっていた。
そのおかげで、空いている教室が多い。
二人は、3階にある教室の窓際の席に座っている。
お互いに顔は見ず、ただぼんやりと、窓の外で降る白い雪を見つめていた。

「______で、何があった」

修哉が不意に口を開く。
問われた本人からの答えは、すぐには返ってこなかった。
そもそも修哉の問いには要領が含まれていない。
その事に、葵も苦笑せざるを得なかったようだった。

「何がって……何が?」

全く分からない______と言いたげに、葵は問いに問いを返した。
いつも長い前髪に隠されていて、髪の間から少しだけ覗くその右目が、ほんの一瞬だけ揺らいだように思えたのは気のせいだろうか。

「今日のお前は、雰囲気がいつもと少し違う……。何があった?」

修哉は頬杖をつき、葵の表情を静かに見つめた。
いつもとは違う彼の雰囲気______この儚げな切なさは、寂しさは、いったいなんなのだろう。
それが知りたかった。

葵は意表をつかれたような顔を修哉に向け、それから小さく笑みを漏らした。
再び灰色の空に視線を向けてから、どこか投げやりな感じで言葉を紡いだ。

「言わないって言ったら?」

「月見うどんにタバスコかける」

修哉から返ってきた言葉に、葵が盛大にふき出す。
本当に笑っている証拠に、目からは僅かに涙が出ていた。

「タバスコって……ッ!!何?修哉そんな面白い趣味あったの?今日初めて知ったんだけど……ッ!!」

腹を抱えながら、葵は修哉を見つめる。
だが彼をここまで笑わせた張本人は、ご機嫌斜めの様子だった。
葵がようやくおさまった笑いの余韻をその表情から消すと、修哉も真剣な眼差しを彼に向ける。

「今日ね……母さんの誕生日なんだ」

意外にもあっさりとした葵の答えに、修哉は疑問を感じた。
言葉を選び、質問を重ねる。

「母親の誕生日……?プレゼントのことでも悩んでるのか?」

そう口にはしてみるものの、何か違う気がする。葵は静かに首を振った。
その表情に寂しさを滲ませながら、吐き捨てるように呟く。

「ううん。プレゼント買ったって、渡せないし……」

「渡せない……?」

渡せないとは、どういうことなのだろう。
受け取ってくれないのだろうか。それとも、海外転勤か何かで出かけていて、渡すことが出来ないのだろうか。
いずれにせよ、どれも悲しいことだと思う。

「今日ね、確かに母さんの誕生日なんだけど……母さんの命日でもあるんだ」

紡がれた言葉は、あまりにも予想外の答えだった。
命日?死んでいるということか?まだ高校生の息子をもつ母親が……?
修哉の驚いた顔を見て、葵が小さく微笑む。

「もう……結構前のことだよ。元々病弱でね、入院先の病院で亡くなったんだ……」







______6年前。

『母さんっ!!』

病室の扉を開けてそう呼ぶと、大好きな母が微笑みながらこちらを振り向いた。
窓の外の空は、灰色の雲で覆われていた。

『あら……またお見舞いに来てくれたの?葵』

『うんっ!!体の調子どう?よくなった?』

『…………』

母は何も言わずに、僕の頬を愛おしそうに撫でてくれた。
母の掌は少し冷たくて、心地よかった。

『母さん?』

不思議に思ってそう呼ぶと、母は再び微笑んだ。

『ううん、何でもないの。葵が来てくれたおかげで、お母さん元気になったわ』

『本当っ?』

『えぇ、本当よ』

『よかったぁ……』

明日は母の誕生日だった。
父と一緒に内緒でケーキを買って、母を喜ばせるつもりだった。
でも______
病室で待っていたのは、優しく微笑んでくれる母ではなく、氷のように冷たくなった母だった。
ケーキを買い終えた後、父の携帯に「母の病状が悪くなった」と電話があった。
急いで駆け付けたが、間に合わなかった。
プレゼントを受け取ったら、微笑みながら「ありがとう」と言ってくれるはずの大好きな人は、昨日のように僕の頬を撫でてはくれなかった。
「母さん」と呼んでみても、返ってくる言葉はなかった。







「______その日にも、丁度季節外れの雪が降っていて……だから、今日の雪を見て、母さんのことを思い出したんだ……」

そう言って、葵は懐かしそうに雪を眺める。
その瞳はどこか寂しさをたたえていて、いつもの彼からは予想もできない表情だった。

「母さんね、ショートケーキが一番好きだったんだ。だから……」

「その日のケーキもショートケーキ……か」

修哉は知らず知らずのうちに、そう呟いていた。
母親の大好物、それを誕生日に買うのは当たり前のことだろう。

「うん、でも……渡せなかった……」

その黒い瞳が潤んで見えるのは目の錯覚だろうか。
葵の唇は、僅かに震えていた。

「だから母さんの墓前に供えておいたんだ。でも腐るからって、父さんがもってきて……食べてみたけど、ほとんど味が分からなかったなぁ……」

大好きな母親が死んだ______その時点で、ケーキは何かを失っていたのかもしれない。
色素を失った、花びらのように。
でも、その頃の彼にそんなことは分かるはずもなく______

「ただ……すごく泣いたよ。泣いて泣いて……そしたら母さんが、『どうしたの?』って……また俺に声をかけてくれる気がして……」

葵はそう言って、少し曇ってきた窓ガラスをカーディガンの袖で拭った。
葵が拭った部分だけ、外の景色が鮮明に見えた。

「バカ、みたいだよね……」

自嘲気味に彼がそう呟く。
その言葉は返事を必要とはしていなかった。
葵の瞳は、ぼんやりと雪を見据えていて______
その先に見える、大好きな母の笑顔をずっと探していた。