BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- 【リク受付中】さあ廻れ、アルカロイド【BL、NL、GL】 ( No.376 )
- 日時: 2015/01/04 21:58
- 名前: 夜藍 (ID: XcEXsBGd)
- プロフ: 小さな春と幸せの話 イヴァトリ
episode112
突然の出来事に俺は耳を疑った。そして目も疑った。眼前の白髪ともクリーム色ともとれる色素の薄い髪の毛がふわ、と俺に近づく時にかかる風圧で浮き上がる。近づくということは目の前の相手は先程よりもずっと近くに、眼前に、目の前などではなく目と鼻の先にくるということであり、その行為は俺の彼に対する若干の恐怖を増幅させるだけでしかなかった。
人に見られたとしたら馬鹿にされるような顔を今、自分がしているのは解っているのだが何より体が動かない。
そんな俺に彼はにこりと笑ってもう一度あの言葉を繰り返す。
「だから、一緒にどこか出かけようよって。いいよね?」
その笑顔に引き攣った顔とかすれた声で「はい、」と返事するほかなかった。
* * *
彼が俺を誘ったのは次の休みの日だった。最近溜まりに溜まった仕事を片付けるのにたくさんの労力を使ったので上司が休みをくれたのだ。
まさかその日が彼の休みと被っているだなんて思いもしなかったが。
(イヴァンさんと出かけるなんて何時振りだろう)
ふと、そんな事を考えた。
俺が彼の家に住んでいたのはほんの少し前の事だがその期間でさえ指で数えられるほどしか外出した覚えがない。ましてや二人きりだなんて今まで無かったのではないのだろうか。
後でナターリヤちゃんに出会ったら殺されてしまいそうだが…それはそれでありかもしれない_______などと考えていると。
「やあ、トーリスくん。」
ぬ、と俺よりずっと背の高いイヴァンさんがにこっと笑いながら僕の前に現れた。
長いマフラーは変わらないが普段の服と比べてみれば軽装で、コートを着ているこちらからしてみれば見るだけで震えるくらいの格好である。
「先に着いてたんだ、寒くなかった?」
「これだけ着込んでるんですから平気ですよ。」
苦笑しながら俺が答えると「今日は暖かい方だよ?」とイヴァンさんが首を傾げて言うのでなんだか可笑しくて笑ってしまった。
「イヴァンさんの暖かいはあてになりません。」
「そんな事ないよ〜僕だって気温くらいわかるんだから!」
若干ふくれっ面のイヴァンさんの表情を横目に見る。こんな表情見るのは初めてだ。
俺が見ていたイヴァンさんは凍てつくような視線で直接ではないけれど何人も、何人も、殺していた。その双眼で何人も。
(あれは人殺しの目だ)
当時、彼の紫のそれを見つめる度にそう思っていた。
だからこそ今見る表情の一つ一つが新鮮で、なんだか心の奥底に小さな明かりが灯ったような気がした。
「何、どうかしたの?」
「いいえ、なんでもありません。」
微笑みながら、再度首を傾げているイヴァンさんを振り返る。
確かに今日は暖かい日なのかもしれない、そう思った。
* * *
数十分ほど歩いただろうか。それは即ち前を歩く彼の背を見つめ続けて数十分ということになる。
彼の背をこうやって見つめ続けるのは何年振りだろうか。それだけ見つめていようと飽きというものがない。
(本当なら、このままでもよかったのかもしれない。)
彼の背を見つめ、後ろを歩いていく。そんな日々は恐怖と同時に心地よさも感じていたのだろう。あの日々が懐かしく、愛おしく思えるのは、それは俺が______
そこまで考えてしまうとひた隠しにしていた想いが溢れ出してきそうになり、俺はそれ以上この事に関して考えるのをやめた。
(そうだ、考えてはいけない。)
頭を横に振り、自分を冷静に保つ。
(それよりも、だ…)
彼は俺に「君に見せたい場所があるんだ。」と言ってこうやって俺を案内している。
俺に見せたい場所…どんな場所なのだろうか。
視線を彼の背から空へ向けた時、「トーリスくん、」と俺を呼びかける声が聞こえると同時に腕を引っ張られる。
急な出来事に頭がついていかず慌てて顔を上げて横を見ると満面の笑顔をこちらに向けているイヴァンさんがいた。
「イヴァンさ…」
「隣にいて欲しいの。」
笑顔で寄越されるその視線に耐えられなくなって発した声も言葉で遮られてしまう。それは至極ストレートな言葉で。何故だか顔が火照ってしまう。これはなんだろう、一体何なのだろう、答えを探すのはいけないことの筈なのに。
そんな俺にイヴァンさんは前を向くと指をさしながら言う。
「ほら、トーリスくん、見てよ。」
その指の先を追ってみれば。
「わ、あ……」
目の前に広がるのは草原、だった。
草の背は高くないが、その葉の色は春の始めを告げる黄緑だ。
先程の寒さなど嘘のような景色がそこにはあった。
「この国にもちゃんと、春が来るんだよ。」
愛おしそうに、慈しむようにそう彼は俺に言った。
「それを伝えたくって。」
微笑む彼の横顔を見ていると胸がいっぱいになってしまい、目を逸らす。
自分の靴の方に視線をやると、そこには小さな白い花が1つ、ぽつりと咲いていた。
「あ、」と声をあげてしゃがみ込む。
その花を見つめていると、なんだか俺もこの空間が愛おしくて仕方なくなって微笑む。
「本当に、春が来るようになったんですね。」
花を両手で包み込んで隣の彼を見上げる。
彼は目を見開いて、そしてまたすぐ笑った。
「本当に君はそういう小さなことに気付けるよね、その花もそうだけれど、僕の変化も、何もかも昔から。」
そう言ってしゃがみこんで俺の手を取り…そして胸まで引き寄せる。
体と体がぴったりとくっついて、暖かい。本当だ、今日は全然寒くなんてない。
身を完全に彼に委ねながら、静かに目を閉じた。
○春の日差しと二人の明日
___________明日もまた
___________この笑顔に会えますように
「そんな君だから、僕は君が好きだよ。」
「え、今なんて…?」
「そのままの意味だよ?」
微笑む彼の背に腕を回すことが、俺の答え。