BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: 【リク受付中】さあ廻れ、アルカロイド【BL、NL、GL】 ( No.387 )
日時: 2016/01/02 11:11
名前: 夜藍 (ID: CxgKVnkv)
プロフ: 壊れそうな話 ハリドラ

episode116





白魚のような指、とでも形容すれば良いだろうか。ぴたりと当てはまる表現が見つからない。けれど本のページを指の腹で一枚ずつ捲っていくその節のある、けれど白くて滑らかな手は相手が男であるというにも関わらず見ているだけで気がおかしくなってしまいそうだった。
それがたとえあの憎たらしいドラコマルフォイだという事実を付け足しても、だ。


仄暗い大きな図書室。窓からわずかに光が差し込むものの決して明るいとは言えないその場を表す言葉は『静寂』の二文字である。
元々図書室は静かであるべき場であるが今の時間の利用者は少なくその静けさは更に増している。
その少ない利用者の中の一人が自分であり、もう一人が目の前で分厚い本を捲るマルフォイであった。
一心に資料に刻まれた文字の羅列を見つめている。その真剣な薄いグレーの瞳を覗き込むとガラスの眼球に一文字一文字が映し出されていた。

「……なんだ君か」
ようやく見つめられていた事を悟ったマルフォイが顔を上げる。その表情には嫌悪という言葉がそのまま張り付いているかのように表れていた。
きっとこちらも(見つめていたのは自分なのであるが)同じような顔をしているだろう。
「いつになく真剣だったから少し気になっただけだよ」
僕が頬杖をついて答えるとマルフォイは椅子から立ち上がる。
金色の髪が窓から差し込む光に反射してきらめいている。前から後ろにかけて纏められているその髪から少しずつ伸びて宙に舞う一筋はカナリアの様な美しさがあった。
本が閉じられる。その表紙に乗る手は先程釘付けになったそれであって、僕はまたその手を見つめて、見つめて、見つめるだけでは飽き足らずにテーブルを挟んで対極にいる相手の方へ回り込みその手首を掴んだ。
突然の事態にマルフォイは目を大きく見開いて息を詰まらせている。だがそれは何故だか事を起こした当の自分も同じであった。何故彼のこの手首を掴んでいるのだろう。何故だ、何故だ。
自問自答を繰り返しても答えは出てこない。頭で考えるよりも先に体の行動が早くなっていく。彼の手首に自分の短い爪が食い込む。
「……!! ポッター何をして……」
痛みに顔を歪め、ようやく相手はこの状況を理解したのかか細い声ながらも口を開いて僕を制止しようとした。けれど掴まれたその手首を振り解こうとはしない。それどころか一ミリも身をよじって抵抗する気配はなかった。抵抗をしているのはその口から溢れ出てくる焦ったような息遣いと途切れ途切れの言葉達だけである。
数秒後、すうっと息を吸い込む音が耳に届いた。

「この、その手をはな……!?」
大声を出してやっと抵抗らしい抵抗を始めようとするマルフォイの口をもう片方の手で押さえ込む。抵抗は許さない。頭の端でそんな言葉がちらついた。
「ここは図書室だ。お静かに、だろう?」
そう言ってやるとクリアグレーの鋭い視線をこちらに寄越しながらマルフォイは押し黙った。

自分の事ながら僕は自分を『性格がいい』とは思わない。自分の思慮思考には真っ直ぐであるがそれが全て良い方向かどうかと言われれば頷くことはできないしそれを自覚していた。
だが、『いい性格』はしていると思う。こうやって悪戯に相手を追い詰めることができるくらいには。
父親に似たのだろうか。遠い記憶と人づてでしか聞いたことのない父親の像を思い浮かべながら頭の奥底でそんなことを思った。

強い力で掴んだ手首の先で白魚と形容した指が行き場を失い泳いでいる。
(綺麗だ)
ただ漠然と、その言葉が頭に浮かんだ。
彼に対する賛辞の言葉など伝えるはずも思い浮かぶはずもきっとここで出会わなければ一生なかっただろう。
そして嫌悪の対象であるとしても自分は彼を傷つけたいわけではない、殺したいわけではない。なのにこうして手首に爪を食い込ませ、踊る指を見、クリアグレーの瞳を穴があくほど見つめている。

それは彼が自分にとってただの嫌悪の対象でないことを表していた。

こういうことに気づくのはいつでも一足遅い。それは彼も僕も悲しいくらいに同じで、今回ばかりは自分が一足早かった、それだけのことだ。だがいざ自覚してしまうと体の体温という体温が少しずつ上昇していくのが解る。

「マルフォイ」

塞いでいた相手の口を解きながら、体温をごまかすように僕は少し笑ってみせた。

「僕は君が嫌いだけれど、でも、そこまで嫌いでもないのかもしれない」
「…は?」
「ううん、ただ思っただけ、それじゃあね」

先程までの緊迫した空気はどこへいったか。マルフォイは呆然としてその場から立ち去る僕を見送っていた。

(あの指は白魚で、それでいてガラス細工のようだ、目も肌も髪も全て)

朝の澄んだ空気の中、寮に戻りながらマルフォイの反応を思い出しクスクスと笑った。



○罅割れたガラス

(もっと強く握っていたならば君は壊れていただろうかああでもその手首にはどうやら罅が入ってしまったようだ)