BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

Re: 【リク受付中】さあ廻れ、アルカロイド【BL、NL、GL】 ( No.402 )
日時: 2016/08/11 09:23
名前: 夜藍 (ID: y36L2xkt)
プロフ: 卒業式の話 長男と四男 おそチョロ含む

episode124







人生最後の卒業式に桜は咲かなかった。



「もっと晴々としたもんだと思ってたよ」
卒業祝いだから、なんて言って少し遠くのゲーセンに寄った帰りの電車でおそ松兄さんが呟いた。
俺達がシューティングゲームとアクションゲームで対決している間に他の兄弟は少し先に帰ってしまったので今電車に揺られているのは俺と兄さんの二人だけだ。

西日の差し込んだ車内は眩しく、目を開けるのは困難で俺は目を細めながら主にアクションゲームでくたくたになった体を兄さんの方へ預け、少しだけ首を捻ってその言葉を聞いていた。
「晴々としてたじゃん、皆泣きながら笑ってて」
「一松は泣いてなかったじゃん」
「別に泣くほど思い出も何もないし」
俺が返すと兄さんは「まあそうだわな」と笑った。

思い返せば主要行事の殆どを「めんどくさい」の一言でサボった三年間だった。そんな俺が無事に単位を習得して左手に持っている黒い筒に入った証書を貰えたことは一生の疑問だ。いや、兄弟全員無事に卒業できたこと自体が一番疑問ではあるのだが。

「桜も咲かなかったしさ」
「卒業式っていつも咲かないものじゃない?時期的に」
「そうだけどさあ」
最後くらい咲いて欲しかったじゃん、と続いた兄さんの言葉は最寄り駅の名前を告げるアナウンスで途切れ途切れになって届いた。


* * *

帰りの道を歩く頃、既に空は薄暗くなっていた。
前を歩く兄さんは口笛を吹いていていつもより機嫌が良く見える_______と、そこであることに気が付く。
「兄さん」
「んー?」
「卒業証書は?」
兄さんの手には黒い筒が握られていなかった。今日は鞄を持っていく必要はなかったので定期や財布など必要なものは殆どポケットに入れている。のでどこにもしまう場所などない。
すると兄さんはにひひ、といつものように歯を見せて悪戯っぽく笑う。

「あれね、捨てた」
「は、」
「飲み物零しちゃって」
紅茶のシミって抜けねーんだなー、とあっけらかんと笑う様子を見て本当にこいつは馬鹿なのだと思い知った。どこで零すタイミングがあったというのだろう、紅茶なんて。
そういえば中学の時も緑茶を零したとかなんとか言って卒業証書を捨てていた。小学校の時は麦茶を零したと言ってそれも捨てていた。

あの時は本当にそれで捨てたのだろうと思っていたが流石に俺ももうあの頃みたいに馬鹿ではない。それで騙せると思っている兄さんはそれこそ小学六年生から時が止まったままなのだろう。

「…なんで捨てたの」
「だから、」
「本当の理由を聞いてんだよ」

けたけた笑って揺れる学ランからはみ出た赤いパーカーが静まり返る。
少し歩いてから兄さんは返答した。
「いいんだよ、俺は一生卒業できないから」
変われないし、と兄さんは続ける。
「桜が咲いて空が澄み切って晴々とでもしてたら卒業しようと思えたの」
「さあ?まあ俺はカリスマレジェンドのまま変わらないってことだよ」
「…あんたそんなんでいいわけ」
「チョロ松にも同じこと言われたわ〜卒業証書ビリッビリに破いてたとこ見つかって殴られかけたわ〜」
通りで兄弟を連れて先に帰ってしまったわけだ。
チョロ松兄さんはおそ松兄さんが変わらないことも何もかも知っていたのだろうけどいざ目の前にしたらショックだったろうな、なんてぼんやり考える。俺なら十四松、トド松ならカラ松、のように長い時間一緒にいた二人だ。変化に気づかないことなんて無いに等しいだろう。変わらないということに気づかないのも同等に、だ。

「そりゃ怒ると思うよ、だって変われないんじゃなくて変わるのを放棄してるだけじゃん」
「ごめんな、不甲斐ない兄ちゃんでさ」
「なんで謝るの」
「失望されたかなって」
「端から希望も持ってない」
「ちぇ、冷たい奴」
小石を蹴りあげる様子も昔から変わらない。

「チョロ松にさ、あんな顔させるつもりじゃなかったんだよな」
「じゃあ謝る相手尚更俺じゃないでしょ」
「『兄さんは昔から変わらなくて安心する』って言ってたのあいつなのにさあ、なんでだろうな」
「……」

そりゃあチョロ松兄さんだって卑劣に見える時だってあるけど人間だし、自分のせいであんたが変われないんだって解ったからショックだったんでしょ、そんなのあんたが一番解ってんだろ、解ってんのに知らないふりをするのはあんたがチョロ松兄さんを縛り付けたいからじゃねえのか、と言いかけてやめた。
俺が言ったところで何になるというのだ。当人達が解決しないと意味がないだろう。



「まあ他のやつには『卒業証書は紅茶零して捨てました』ってことでよろしくな」



○It is no use crying over spilt tea.

(零れても零れてなくとも嘆いたって仕方ねえよ、この兄貴の場合は)



「早く帰ってチョロ松兄さんに一発殴られれば?」
「想像するだけでぞっとするわ」