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BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- Re: 瓦解するアリスブルー 【BL】 ( No.56 )
- 日時: 2013/06/20 21:10
- 名前: りー ◆N4FULXO5wE (ID: u5fsDmis)
昔、男がいた。
酷く明るい月が辺りを照らす夜だった。零れそうなその月は、手を伸ばせば届きそうで、けれど試す前に、ああ、やはり届きはしないのだ、と思い出す。
理解し難い私がその代わりに手に掬ったのは、
咲き遅れた桜の花弁だったか。
あるいはいつぞやの曇り空の晩、そばにいた人だっただろうか。
「もう、死ぬのか」問うた私に睫毛を揺らしたのは、「ええ、死ぬのよ」と言った。「あなたは悲しむかしらね」
さぁ、と曖昧に答える私に、彼女は幸せそうに笑った。あんまりにも嬉しそうに、満足そうに、彼女は笑っていた。
「月が、綺麗ですね」
愛しい人が、囁くような声で言ったのか思い出された。
「そうだな」
満月に向かって私はそっと呟く。
違いないよ。霞んだ月は、なによりも美しかった。美しかったよ。
"月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして"
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月は昔の月ではないのか。春は昔の春ではないのか。私だけが、昔のままだというのに。
伊/勢物語創作。
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