BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- 『落としたら壊れちゃうんだよ』(0720UP) ( No.1 )
- 日時: 2013/07/20 17:08
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
一
部活を三日で辞めた。
明日から行かなくていいと思うと解放された気分なのに、ちっとも喜べない。
わたしにとっては、「新しい居場所探し」の失敗だったから。
帰り道、わたしは海岸沿いの道路を一人で歩く。
わたしは海の見える町で育った。でも海が特別好きというわけではない。
いつもの帰り道は友達と一緒で、もっとにぎやかだ。喋っていると波の音だって気にならない。
だけど今日になってわたしは、波の音を意識した。
話し相手でも求めるように、堤防の上にのぼり、水平線を眺めてみる。
波が刻む単調なリズム。制服をあおる湿った風。ゴミで汚れた海岸。遠くにぼんやりと見える島の輪郭。
「部活を辞めたこと、友達には黙っておこうかな……」
わたしは昨日や一昨日のことを思い出してみる。まだ部活を辞める前のことだ。
新入部員の歓迎会だっていうのに、なぜか買出しは一年生の仕事。
わたしたち一年は昼休みに近くのスーパーまで飲物やお菓子を買いに行った。
先輩たちは準備がすっかり済んでから部室に現れる。
紙コップがないと言って、一年生の男子が買いに行かされた。
「そこのお前、行ってこい。早くしろよ」
威張っている先輩たち。それが当たり前のように何の疑問も持たない後輩たち。
わたしはここに「なじめない」と思った。歓迎会の途中なのに「辞めます」宣言をして帰ってきてしまった。
先輩たちのポカンとした顔は少し面白かったけれど。ダメだわたし。
なじめるかといえば、うちのクラスもそうだ。
高校一年の一学期から、既に先行きが不安になっている。
「あーあ……」
わたしは大きく溜息をついていた。それが自分にだけ聞こえて、あとは波の音がかき消してくれた。
昔のドラマであった気がする。大海原に向かって、自分の気持ちを思い切り叫ぶのだ。
わたしは両足を軽く開いて、息を吸い込んだ。
「人間関係なんて、めんどくっせーんだよォォォォォォーーーーーー!」
思わず腹筋に力が入る。横から吹く潮風が後ろ髪をまきあげ、首すじを撫でていく。
「わたしはひとりで生きてやるさ! ひとりぼっちなんか怖くないぞーーーーーー!」
どんなに声を張り上げても、すべて波音に消されていく。
もし海がわたしの叫びを聞いてくれているなら、それもいい。海になら聞かれてもいい。海は喋らないし、秘密を他のひとにもらしたりしないだろうから。
最後に一回、さっきから思っていたことも叫んでみよう。
「ラーメンライスに餃子が食いてーーーーーー!」
単純にお腹が減っていた。
でもラーメンライスに餃子って、高級じゃないけど家ではなかなか食べられないのだ。
お店で頼んだら「そんなに食べるの?」とか言われそうだし。
「そんなに食べるの? 長南(おさなみ)さん」
突然、声が聞こえた。しかもわたしの名前を呼んでいる。
「え? え?」
声は下から聞こえていた。堤防の真下。
綺麗な二つの黒い目が、わたしを見上げている。
そのひとは砂の上に座り込んで脚を伸ばしていた。わたしと同じ制服のスカートから伸びる、長くてスラッとした脚。
どっかで見たような顔だ。わたしの名前も知ってるし。
でも相手は顔を思い切り上げてわたしを見ている。
わたしからすれば上下逆の顔なわけで、親しくもない相手だと誰だか分からない。
「ああ、同じクラスの……」
やっと分かった。
彼女はわたしと同じ1年D組の、あおぎりさんだ。
下の名前は分からない。名字も漢字が難しくて浮かんでこない。
確か「木」の隣に「吾」って書いてあおぎりだったと思うけど。
【梧】こんな字か?
「ごめんなさい。誰も居ないと思って変なこと叫んじゃった。っていうか、すごく恥ずかしい……」
わたしは膝を曲げてしゃがみ込み、真下のあおぎりさんに話しかける。
「大丈夫だよ。誰かに喋ったりしないから」
「ほんと?」
「うん。大丈夫。つっといて明日、あなたが学校に来てみたらクラス全員にこのことが知れ渡っていて……なんてこともないから」
あおぎりさんの冗談っぽい言い方にも、わたしは不安になり、黙ってしまった。
「ちょっと、冗談に決まってんじゃん。ほんとに大丈夫だって。わたし、話す友達も居ないし」
あおぎりさんは苦笑いを浮かべ、わたしを見上げる。
そういえばこのひと、クラスでも誰かと話してるの見たことないかも。
それより、わたしがこの位置に居たら、あおぎりさんの首が疲れてしまいそうだ。
「あおぎりさんはここで何をしているの?」
わたしは堤防をおりて、砂の上に立った。すぐさま、靴の中に砂がまじってくる。あとでトントン叩いて砂を落とさねば。
そんなことを思いつつ横を見ると、水平線を見すえるあおぎりさんの顔。
くしゃっとしたショートカットの黒髪に、ほっそりした首すじ。
横から見るとまつ毛も長くて、わたしなんかよりずっと綺麗な顔してる。
「何もしてない。ただ、一人になりたくて」