BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
- 『落としたら壊れちゃうんだよ』0730UP ( No.7 )
- 日時: 2013/07/30 18:20
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
七
入学して間もない頃、五十嵐さんがわたしたちに声をかけてきた。
「わたしも長南さんたちと一緒に帰っていいかな?」
「はあ……。いいですけど」
思わず丁寧語で返していた。
わたしは五十嵐さんのことを、初めて見た瞬間から「綺麗なひとだ」と思っていた。そんなひとに声をかけられるなんて思っていなかった。
五十嵐さんはミキと席が近く、既に何度か喋っていた。だからミキの友達であるわたしや沢にも声をかけてきたのだった。
「ねえねえ、今井君と五十嵐さんって、付き合ってるんだよね」
帰り道をだいぶ歩いたところで、沢が言った。
「まあ、そうだけど」
「いつぐらいから?」
「小六から」
サラッと答える五十嵐さんに、沢は「すげー」と驚嘆する。
五十嵐さんは何の自慢にも思っていないみたいで、嫌味でない笑いを浮かべて謙遜していた。
尊敬の眼差しを惜しまない沢と、不機嫌そうに黙っているミキの顔を覚えている。
彼氏が居るのにイチャイチャしないで、普段もこうして女子と行動している。
五十嵐さんは大人なんだ。その態度だけでなく、実際に大人がするようなことも既に経験済みに違いなかった。
沢に中学時代のことを聞かれた五十嵐さんは、彼氏との話を避けるように、その当時のクラスメイトの話を始めた。
「中学の時、こんな変な友達が居てさ」
五十嵐さんは話すのも上手で、その美貌と頭の良さに加え、ひとを楽しませる能力をも備えていた。
本当はもっと良くできる子と一緒なのが自然だろうに、わたしたちみたいなバカにも馴染んでいた。
高尚から低俗まで、範囲の広いひとなんだろうと思った。
「ダッハハハハ。そのひと、ほんとに面白いね」
五十嵐さんの元友達の失敗談に、沢は腹を抱える。わたしとミキも笑ってしまった。
そのひとも五十嵐さんのおかげで今ここでわたしたちに笑われているなんて夢にも思わないだろう。
「違う高校に進んじゃって、今は会ってないけど。小学校一年からずっと一緒で、わたしも退屈しなかったよ」
沢がまだくすくす笑っているうちに、五十嵐さんが「あいつの代わりが欲しいなぁ」とささやくのが聞こえた。
「あ、信号が点滅してる。ギリギリだよ」
少し前を歩いていたミキが、前方を指でしめす。横断歩道の青信号が点滅していた。
ミキが走り出す。
わたしは、急いでいるわけでもないし、次で渡ればいいと思って走らなかった。
五十嵐さんと沢もミキの走る姿を見送るだけだった。
「危ない!」
一台の軽自動車がスピードも落とさないまま左折してくるのが見え、わたしは叫んでいた。
急ブレーキで車は止まった。
運転席のおばさんが窓を閉めたまま怒りの形相でミキに怒号を浴びせていた。
横断歩道の向こうまで渡ったミキが、はるか後ろに居るわたしたちに気づく。
自分ひとりだけ慌てて信号を渡ってしまい、恥ずかしそうに苦笑いしていた。声は届かない。
わたしは安心して溜息を吐く。心臓が高鳴っていた。
「ミキってさ、ドジだよね」
五十嵐さんが鼻で笑った。一瞬、場の空気が凍りついた気がした。
「そう……だね。ちょっとそういうところあるかも」
沢が遠慮がちに言う。信号はくっきり赤を照らしていた。会話がそこでまた、途切れそうになる。
「脚も細くないのにスカート短くしてさ、見苦しいよ。わたし、スカートこのくらい長いのが自然だよねって隣の子と話してたんだよ。そうしたらミキ、次の日から長くしてきたよ。聞こえてたんだね」
「あー、言われてみれば、ミキ最初はスカートすっごく短くしてた!」
沢が思い出したように同意する。わたしも思い出した。高校デビューにありがちな失敗ってやつだろうか。
「ミキは高校に入ったら彼氏作るって、張り切っててさー」
「やっぱそうなんだ? はっきり言って、男子と話してる時のあの子、傍から見てて『痛い』んだけど」
「あいつ自意識過剰なんだよね。女子高生になったからって誰でも彼氏できるわけじゃないっての」
話しが弾んでくると、わたしの頭は重くなり、鉛を飲まされたように胸のあたりが苦しくなった。
横断歩道の向こうではミキがひとり立ちつくしている。
「みんな、何を話してるんだろう?」というように首をかしげて。
わたしは先行きに対する嫌な予感を抱えつつ、赤信号をじっと見つめていた。