BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

『落としたら壊れちゃうんだよ』(0821UP) ( No.24 )
日時: 2013/08/21 18:37
名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)

   十六

ミキは少し古びたデパートの九階にある喫茶店で働いていた。


「あ、ミキ居るよ。見てみな」

沢が店内をこっそりのぞき、わたしたちを手招きする。

「ほんとだ。ボーッと立ってるね」

五十嵐さんがくすくす笑った。


制服姿のミキは、厨房の出入り口に立って虚空を見つめていた。今はそんなに忙しくないみたいだ。

白いエプロンの下に赤のヒダスカートが可愛いけど、なんかミキが着ているというより、制服に「着せられてる」ように見えてしまう。

それにしても今日は働く友達をよく見る。
自分たちが働ける年齢になるのって、不思議な感じだ。


「沢、例のひとも探さないと」

「そうだった。今日来てるかな?」

例のひとというのは、ミキの先輩のことだろう。三つか四つ年上だったと思う。

ミキはその先輩が自分によく話しかけてくれるとか、倉庫の作業を手伝ってくれるとか言って、わたしや沢に自慢していたのだった。

沢はそんな話しばかり聞かされて、多少イラついていた。

五十嵐さんは冷静に「その先輩もミスされると困るから、ミキから目が離せないんだよ」と分析していた。

ミキが好きな先輩って、どんなひとだろう。わたしもちょっと気になる。


「とりあえず、お茶ぐらい飲んでいこうか」

入口前のショーケースには食品サンプルが並んでいる。ドリンクの値段を確認してから、わたしたちは店内に入った。

「いらっしゃいま……せ」

笑顔で振り向いたミキの語尾が、どんどんしおれていった。

「よー、やっとるねー!」

沢が、従業員の働きぶりを視察に来た社長みたいなあいさつをする。

ミキから笑顔が消えた。不安そうに、

「どうして来たの?」

「売上げに貢献しに来たんだよ」

五十嵐さんがニンマリ笑った。

沢と二人でズケズケ歩いていき、店内を眺め回す。昼間のわりには空いていた。

「席に案内するね。こっち」


四人用のソファー席に座ると、沢は水をちびりちびり飲みながら、店内に目をやる。

「沢、若い男性っていうと、あのひとしか居ないっぽいけど」

五十嵐さんが目配せした先に、テーブルを拭く男性スタッフが居た。
歳は二十歳くらいで、背が高く、肩から腕ががっちりしている。

「んー、ミキの好きそうなタイプだ」

ミキが後ろを向いて、曇りガラスのついたてから、顔の上半分を出す。
わたしもお尻を持ち上げて見てみた。首が疲れる姿勢だ。

「あのひとっぽいよね、長南」

「うん……確かに」

テーブルを拭く男性が、顔を上げた。
こっちの視線に気づいたのか。

いや、そうではなかった。
向こうはテーブルを拭きながら、こっちをさっきからチラチラ見ているみたいだった。

「注文、しちゃおっか」

わたしたちはメニューを見ながらあれこれ喋って、注文の呼びボタンを押す。

注文を取りに来たミキに、沢が尋ねた。

「いつも話してる先輩って、今日この店内に居る?」

「えっと……」

ミキは言葉をにごして目をそらす。
その視線の先では、あの男性が立ち働いていた。

「キッチンだから。彼はキッチンだから、表には出てこないんだよ」

その言葉に、五十嵐さんがつっかかる。

「え? まだ大学生くらいだよね? それでもうキッチンやってるの?」

「うん」

ミキは即答したが、落ち着きなく髪をいじっていた。

五十嵐さんは「へー、そうなんだぁ」と真顔のまま二度うなずいた。

「なんだー、向こうに見える男のひとがそうかなって、三人で話してたんだよ。ミキの好きそうなタイプだって言ったら、長南も共感してたし」

「今、仕事中なの。もういいよね」

ミキが話しを打ち切った。
忙しさを理由にされたからか、沢から不機嫌のオーラが漂ってくる。


沢も五十嵐さんも、メニューを見て楽しそうだったわりにジュースしか頼まなかった。

「ドリンクバーとミラノ風ドリアで」

沢がメニューを無視して言ってみるが、あっさり「置いてません」と返された。

「うぇーん、それで三時間は居るつもりだったのに」

ここはもっと上品で大人な店らしい。
わたしは何か食べよっかな……。